2019年4月27日土曜日

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 セイヤーズは15分後に現れた。入室するなり、客人の存在に気が付いた。秘書のネピアが誘導する間も無く、彼は部屋の中に足を進めた。ハイネはネピアが怖い目でセイヤーズを睨むのを目撃したが、無視した。

「お久しぶりです、マリノフスキー局長。」

 セイヤーズが挨拶すると、マリノフスキー西ユーラシア・ドーム遺伝子管理局長はニッコリと笑顔を見せた。

「セイヤーズ、元気そうだな。忙しい毎日を過ごしているそうじゃないか。」
「おかげさまで・・・その節は大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」

 18年前セイヤーズは脱走した時、西ユーラシア・ドームの所属だった。マリノフスキーの部下だったのだ。当時のアメリカ・ドームの長官リンがポール・レイン・ドーマーを我が物とする為に、彼を西ユーラシアへ飛ばしたのだが、マリノフスキーはその辺りの事情をハイネからそれとなく聞かされていたので、気の毒な若いドーマーをいろいろと気遣ってくれた。気晴らしの里帰りのつもりで彼にアメリカ出張を命じたのもマリノフスキーだ。それなのに、若者は脱走して、恩を仇で返した状態になってしまった。リン長官は彼を逃がした責めを負って更迭された。マリノフスキーも無事ではなかったはずだが、セイヤーズは西ユーラシア・ドームで何があったのか一切聞かされていない。
 マリノフスキーはニコニコと丸い顔を更に柔和にして見せた。

「過去のことはもう言いっこ無しだ、セイヤーズ。地球人がしたことに執政官が責めを負う場合、地球人には咎はないのだよ。」
「しかし・・・」
「今日は新規プログラムの構築の件でお邪魔している。それに、ラムゼイ博士のクローンの多くは中央ユーラシアとアフリカに住んでいるからね。先日君はラムゼイのジェネシスを保護したそうじゃないか。彼女の遺伝子情報が手に入って、大いに助かっているよ。」

 セイヤーズは優しい上司達に恵まれて幸せだと感じた。

「君の恋人は大変な美男子だそうだね。」

 マリノフスキーの言葉に、ハイネが反応した。

「今、『飽和』を終えて『通過』の真っ最中だよ。」
「それは残念だな。執政官の精神状態を不安定にさせ、ドーマーを暴走させる程の美貌を見てみたかったが、諦めるとするか。やつれた姿は見られたくないだろうからな。」

 マリノフスキーはカラカラと笑った。
 このドーマーの進化型1級遺伝子は、事故などで食糧補給が断たれた場合の宇宙船乗りの生命維持能力を高めたものだ。つまり、皮下脂肪をしっかり蓄えて1週間は食べなくても生きていける、と言うものだが、地球では無駄な遺伝子情報だった。人口が減った分、食糧は足りている。だから、マリノフスキーは無駄に太っているのだ。まずやつれたことはないだろう・・・。

「兎に角、セイヤーズの元気な姿を見て安心した。」
「相変わらず、やんちゃな男でね、年中何か騒ぎを起こしているよ。西ユーラシアはアメリカに彼を返却して正解だったと思うはずだ。」

 ハイネの言葉にセイヤーズは赤面した。確かに、執政官達からトラブルメーカーとして見なされていることは確かだ。
 マリノフスキーはニヤリとした。

「しかし、当方のシベリア分室が厄介払いしたアレクサンドル・キエフをドームそのものから追い払ったのも、セイヤーズだろう?」
「ああ、他のドーマーや執政官にも危害が及ぶ恐れがあったからね。キエフは精神疾患の遺伝子は持っていなかったが、後天的に壊れてしまったな。」
「あの男は異常に嫉妬深かった。養育係のコロニー人も手に余していたのだ。外へ出しても問題を起こしていただろう。何時か何処かで片を付けねばならなかった。死なせずに処理出来て良かったよ。」

 ハイネ局長はセイヤーズに向かって、客人に何か尋ねたいことはあるか、と聞いた。
それでセイヤーズは西ユーラシア時代に世話になったあちらの遺伝子管理局の仲間の近況を尋ねて、彼等によろしくと伝えて下さい、とマリノフスキー局長に頼んだ。
 そして改めて客人に挨拶をすると、オフィスに戻った。
 セイヤーズが局長執務室を出て行くと、マリノフスキーがハイネに尋ねた。

「地球人が復活したら、コロニー人は地球から出ていくと思うかね、ハイネ?」
「ドーム事業はコロニーの金を食うからなぁ・・・きっと彼等は喜んで引き揚げて行くさ。」
「だが、地球には彼等が欲しい資源がまだあるからな・・・これからも連中の不要な遺伝子を地上に残して行くだろうよ。ドームがなくなった時、進化型は野放しになる・・・」