2019年4月14日日曜日

誘拐 2 3 - 8

 ケンウッドがようやくうとうとし始めた時、端末にメッセージが着信した。短い着信メロディが鳴り、彼が上体を起こして端末をポケットから出すのと同時に、ローガン・ハイネも寝たままで自身のポケットを探って端末を出した。
 ケンウッドの端末にメッセを送って来たのは、医療区だった。

ーーポール・レイン・ドーマーが「飽和」を起こしました。

 遂にその時が来たか、と思った。レインはこの半年、かなり無理をして抗原注射を打つ回数を増やしていた。ダリル・セイヤーズを発見して逮捕する為に、行方不明になったセイヤーズと彼の息子ライサンダーを探す為に、そしてメーカー達の撲滅の為に。
 ハイネも横になったまま目を開いて自身の端末を見ていた。同じ内容に違いない。ケンウッドは声を掛けた。

「医療区からだろう?」
「そうです。」

 ハイネが体を起こした。端末をポケットにしまって、両腕を伸ばし、伸びをした。

「ドームの中に居る時で良かったじゃないか。」
「確かに。」

 レインは一昨日外の勤務から戻って来た。そして前日には注射なしで外出した。彼の体は疲労で限界に来ていたのだ。体内の薬剤が上手く分解されないで血液中に溜まってしまった。
 ハイネは部下の体調の変化に関する報告に慣れていたので、医療区に「部下をよろしく」と返信しただけだった。ケンウッドも飽和に達するドーマーの報告を年に何度も受けるので、慌てなかった。レインが実家で倒れなくて良かったと思っただけだ。大統領はドームの取替え子の秘密を知っているが、ドーマーが抗原注射が必要だとは知らないだろう。彼の父親は対外交渉をする庶務班出身で、若いうちに「通過」を済ませてしまっていた。だから接触テレパスで妻や息子に情報を読まれたとしても、抗原注射に関する思考は殆どなかっただろう。もしレインが実家で倒れたら、地球人は「飽和」の治療方法を知らないから大騒ぎになった筈だ。
 ハイネが立ち上がった。

「北米南部班はチーフが動けなくなるので、少し業務のローテーションに変更が生じるでしょう。秘書のセイヤーズと副官のワグナーと打ち合わせをします。」
「ああ、そうしたまえ。」

 ケンウッドは、このところ北米南部班はチーフに振り回されっぱなしだな、と密かに思った。