2019年4月7日日曜日

誘拐 2 2 - 10

 アルジャーノン・キンスキー・ドーマーは、ハロルド・フラネリー大統領からの伝言をケンウッドに告げた。それはケンウッド長官を大いに戸惑わせた。ケンウッドはキンスキーからハイネに電話を代わってもらった。

「ポール・フラネリーが危篤なのだね?」
「そのようですな。」

 死者と触れ合ってはいけないことになっている遺伝子管理局長は他人事だ。フラネリーはハイネより20歳近く若いが、30年以上同じドームに居た。どこかで接点はあった筈だが、薬剤管理室と庶務ではあまり繋がりはなかったのか。少なくとも、ハイネの口ぶりでは友達ではなかったようだ。フラネリーの方は息子のポールがハイネの部下になると言って喜んでいたとケンウッドは記憶していた。しかしハイネには、大勢の元ドーマーの一人でしかないのだろう。
 ケンウッドは彼に電話した目的を告げた。

「ポール・レイン・ドーマーに面会に行かせたいのだが?」

 ハイネが数秒間黙してから尋ねた。

「何が目的ですか?」

 ドーマーらしい反応だ。親の最期に会うと言う、人として普通の行動が、ドーマーには珍しいことに思えるのだろう。

「生きているうちに、父親と会わせたい、それだけだよ。フラネリーも希望しているそうだし・・・。」
「レインは希望しているのですか?」
「否、彼にはまだ言っていない。」
「そうでしょうね。彼は昨日外から戻ったところです。今日は抗原注射の効力切れ休暇中ですよ。」

 そうだった・・・ケンウッドは心に苦いものを感じた。レインは昨日の朝、危険な任務を無事に終えて窮地に陥った部下を救出し、外の警察、捜査機関と事態の収拾に当って疲れている。いつものケンウッドだったら、本人が外に出たいと言っても反対する。だが、今回は・・・

「フラネリーには時間がないんだよ、ハイネ。」

 君もダニエル・オライオンが会いたいと言っていたら、外に出たいと思った筈だ。ケンウッドはその言葉をグッと奥歯を噛み締めて堪えた。ハイネには絶対に言ってはいけない言葉だ。
 ローガン・ハイネが溜め息をついた。元ドーマーの最後の希望に折れたのではなく、ケンウッドの人情の深さに負けたのだ。

「わかりました。レインの外出を許可します。しかし、指図は長官、貴方からお願いします。私には維持班出身の元ドーマーとの職務外の関係がないのです。私的な外出となりますから、執政官からの指図としてレインに許可を与えて下さい。執政官なら、効力切れ休暇中の外出の対処方法もご存知でしょう?」