ケンウッドは昼食前だったが、ポール・レイン・ドーマーに電話をかけた。ドーマー達は昼食中だったらしく、電話の背後から大勢の人々の騒めきが聞こえてきた。効力切れ休暇中であることを確認した上で長官執務室に来るようにと告げると、レインは長官直々の要請に不審なものを感じたのか、気が進まなさそうな声で、了解と答えた。ケンウッドはふと思いついて、付け加えた。
「セイヤーズも連れて来てくれないかね?」
「・・・? わかりました・・・」
時刻は特に指定しなかったが、レインとセイヤーズは食事を済ませるとすぐに中央研究所の長官執務室にやって来た。ケンウッドはヤマザキにレインが感冒や破傷風に罹る可能性を考えて待機してくれるよう、大急ぎで文書を作成して送信した。
秘書が2人の来訪を告げた時、送信が終わった直後で、ケンウッドはそれらの下書を脇にどけて、机の上に両肘を付いた。
セイヤーズとレインは来訪者用の椅子に座るようにと秘書に言われ、座った。秘書が昼食に出て行く迄ケンウッドは黙っていた。何から切り出すか、考えた。
やがて・・・
「ポール・レイン・ドーマー、今日は効力切れ休暇中だね?」
電話でも確認したことを、また確認だ。レインは「はい」と答えたが、それ以上は言うことがないので、次の言葉を待った。
ケンウッドはまた数十秒考えた。そして・・・
「効力切れの日は、抗原注射は打てない。明日も駄目だ。しかし、時間がない。」
「何ですか?」
レインはじれったくなった。長官らしくない歯切れの悪さだ。
「外に出なければならない用件が発生したのですか?」
ケンウッドは彼を見て、セイヤーズを見て、また彼に視線を戻した。そして重々しく告げた。
「ポール・フラネリーが危篤状態だ。」
レインの実父だ。セイヤーズはすぐ気が付いたが、肝心のレインはピンと来なかった。暫く長官を見返してから、ようやく「ああ」と呟いた。
「病気なんですね?」
ケンウッド長官は彼のそんな反応を予想していた。レインは肉親への愛情は皆無の、典型的なドーマーなのだから。だから、ケンウッドはセイヤーズの援護を必要としていた。長官はレインにではなく、セイヤーズの方へ視線を向けて言った。
「フラネリーは老衰と内臓の機能低下だ。外の世界では60代と言うことになっているが、実際は80歳だ。外に出た元ドーマーとしては長く生きた方だ。」
「それで?」
とレイン。俺に関係ないだろう、と言う表情だ。ケンウッドは小さく溜息をついて、レインに向き直った。
「彼は死ぬ前に君に会いたいそうだ。」
レインは、とても困ったと言う顔をした。
「どんな用件でしょう? 今日は出られないし、明日も無理です・・・」
セイヤーズが彼に言った。
「君の顔を見たいんだよ。それだけだ。父親だから・・・」
「どうして?」
レインが抗議した。
「元ドーマーなら、俺がいつでもドームから出られる体じゃないって、知ってるだろうが!」
「ポール!」
ケンウッドは思わず、姓ではなく、名でレインを呼んだ。レインはビクッとして長官を振り返った。ケンウッドがドーマー達を名前で呼ぶなど、滅多にないことだ。
「注射は出来ないが、時間がない、行ってこい。セイヤーズ、付き添ってやれ。緊急の場合の薬を持たせる。空気感染で今日明日に倒れることはないが、怪我をした時の細菌感染予防の薬だ。」
「どうして爺さんに会いに行かなきゃならんのです?」
レインはまだ抵抗した。
「俺はあの人と『こんにちは』程度の口しか利いたことがないんですよ!」
ケンウッドは、レインの石頭に親子の情を解説するつもりはなかった。20年以上前に親切に研究に協力してくれた元ドーマーへの、唯一度の恩返しだ。
「行けと言ったら、行ってこい! 命令だ!」
「セイヤーズも連れて来てくれないかね?」
「・・・? わかりました・・・」
時刻は特に指定しなかったが、レインとセイヤーズは食事を済ませるとすぐに中央研究所の長官執務室にやって来た。ケンウッドはヤマザキにレインが感冒や破傷風に罹る可能性を考えて待機してくれるよう、大急ぎで文書を作成して送信した。
秘書が2人の来訪を告げた時、送信が終わった直後で、ケンウッドはそれらの下書を脇にどけて、机の上に両肘を付いた。
セイヤーズとレインは来訪者用の椅子に座るようにと秘書に言われ、座った。秘書が昼食に出て行く迄ケンウッドは黙っていた。何から切り出すか、考えた。
やがて・・・
「ポール・レイン・ドーマー、今日は効力切れ休暇中だね?」
電話でも確認したことを、また確認だ。レインは「はい」と答えたが、それ以上は言うことがないので、次の言葉を待った。
ケンウッドはまた数十秒考えた。そして・・・
「効力切れの日は、抗原注射は打てない。明日も駄目だ。しかし、時間がない。」
「何ですか?」
レインはじれったくなった。長官らしくない歯切れの悪さだ。
「外に出なければならない用件が発生したのですか?」
ケンウッドは彼を見て、セイヤーズを見て、また彼に視線を戻した。そして重々しく告げた。
「ポール・フラネリーが危篤状態だ。」
レインの実父だ。セイヤーズはすぐ気が付いたが、肝心のレインはピンと来なかった。暫く長官を見返してから、ようやく「ああ」と呟いた。
「病気なんですね?」
ケンウッド長官は彼のそんな反応を予想していた。レインは肉親への愛情は皆無の、典型的なドーマーなのだから。だから、ケンウッドはセイヤーズの援護を必要としていた。長官はレインにではなく、セイヤーズの方へ視線を向けて言った。
「フラネリーは老衰と内臓の機能低下だ。外の世界では60代と言うことになっているが、実際は80歳だ。外に出た元ドーマーとしては長く生きた方だ。」
「それで?」
とレイン。俺に関係ないだろう、と言う表情だ。ケンウッドは小さく溜息をついて、レインに向き直った。
「彼は死ぬ前に君に会いたいそうだ。」
レインは、とても困ったと言う顔をした。
「どんな用件でしょう? 今日は出られないし、明日も無理です・・・」
セイヤーズが彼に言った。
「君の顔を見たいんだよ。それだけだ。父親だから・・・」
「どうして?」
レインが抗議した。
「元ドーマーなら、俺がいつでもドームから出られる体じゃないって、知ってるだろうが!」
「ポール!」
ケンウッドは思わず、姓ではなく、名でレインを呼んだ。レインはビクッとして長官を振り返った。ケンウッドがドーマー達を名前で呼ぶなど、滅多にないことだ。
「注射は出来ないが、時間がない、行ってこい。セイヤーズ、付き添ってやれ。緊急の場合の薬を持たせる。空気感染で今日明日に倒れることはないが、怪我をした時の細菌感染予防の薬だ。」
「どうして爺さんに会いに行かなきゃならんのです?」
レインはまだ抵抗した。
「俺はあの人と『こんにちは』程度の口しか利いたことがないんですよ!」
ケンウッドは、レインの石頭に親子の情を解説するつもりはなかった。20年以上前に親切に研究に協力してくれた元ドーマーへの、唯一度の恩返しだ。
「行けと言ったら、行ってこい! 命令だ!」