2019年4月22日月曜日

誘拐 2 4 - 8

 クロエル・ドーマーは、養母のラナ・ゴーン副長官からダリル・セイヤーズ・ドーマーの様子を見に行ってくれないかと言われた。彼女とセイヤーズの交際を知っている彼は少し興味を持って尋ねた。

「セイヤーズに何かあったんすか?」

 ゴーンは真面目に答えた。

「ラムゼイのジェネシスが見つかったので彼は迎えに行ったのだけど、そこでFOKのメンバーと鉢合わせして銃撃戦になったのよ。FOKは逮捕出来たけれど、セイヤーズも流れ弾で怪我をして、歩けないの。」
「そんじゃ、入院してるんすね?」
「いいえ、アパートに帰ったのよ。だから様子を見てきて欲しいの。きっと夕ご飯がまだだわ。」
「アパートに一人っすか? 歩けないのに?」
「車椅子で移動出来るわよ。それに自室では物に掴まって動けるでしょう。でも不便だと思うの。」

 それならおっかさんが行けば良いのに、とクロエルがからかおうとすると、ゴーンは先手を打って言い訳した。

「私はジェネシスのシェイの世話があるので、これから観察棟へ行きます。ジェリー・パーカーが付き添っているので落ち着いてくれるでしょう。彼女にここでの生活の説明をしなきゃね。」

 それでクロエルは素直に了解と言って、食堂へ出かけた。テイクアウトの料理を買ってセイヤーズのアパートに持って行くつもりだった。一般食堂の入り口近く迄来た時、ケンウッド長官と一人の男が話をしていた。長官の相手をしている男をクロエルは知っていたが、彼がそこにいることにちょっと驚いた。男は航空班の班長で、普段はドームの外の寮にいるからだ。クロエルの耳にケンウッドの声が聞こえた。

「重力がある空中を飛ぶのも危険なのに、ドーマーを悪党の逮捕みたいなもっと危険な行為に関わりを持たせるとは、何事だ!」

 長官は不機嫌だ。一体何を怒っているのだろう、とクロエルは気になって立ち止まった。航空班の班長が反論した。

「しかし、ゴールドスミスが悪党を捕まえるのに加勢したから、遺伝子管理局の男は命拾いをしたのでしょう? 」
「確かに、ゴールドスミスはお手柄だった。立派に戦った。それは私も認めるよ。誇りに思う。しかし、危険な行為はして欲しくないんだ。悪党の逮捕は航空班のパイロットの仕事ではない。逮捕術の訓練も受けていないのだからね。」

 ああ、長官の心配症が始まったのか、とクロエルは心の中で苦笑した。ケンウッド長官はドーマーと外の地球人を分けて考える傾向がある。ドーマーは可愛い子供達で、外の地球人は子供達を傷つけるかも知れない外敵なのだ。
 航空班の班長も長官のこの種のお小言はうんざりする程聞かされてきた。航空機の微小な事故が起きる度にケンウッド長官に呼びつけられるのだ。過保護な執政官にドーマー達はちょっと手を焼いていた。

「わかりました。では、ゴールドスミスには保安課の訓練を受けさせましょう。技術を鍛えれば、危険も少しは減るでしょうから。」

 言い返されて、長官はちょっとたじたじとなった。

「否、私はそう言うことを言っているのではない。パイロットの仕事は戦闘ではないと、それだけ理解してもらえれば良いのだ。」

 班長が首を振った。

「わかりました。ゴールドスミスには身の程を弁えて、余計な仕事はするなと言っておきます。」
「しかし・・・」

 ケンウッドは慌てて付け足した。

「叱っているのではないからね。彼は素晴らしい仕事を成し遂げた。それは褒めているから。」

 クロエルはもう少しで笑うところだった。そして、我等の長官はなんて愛すべき人物なのだろうと思った。