2019年4月13日土曜日

誘拐 2 3 - 7

 ケンウッドは久しぶりに時間が余っていた。アメリカ・ドームのマザーコンピュータのデータ書き換えの準備は整い、後は他のドームからの連絡を待つだけだった。地球上の全てのドームで一斉に書き換えを行うので、早く準備が出来たドームは楽が出来る。だから彼は昼食後、庭園でハイネ局長の昼寝に付き合った。柔らかな芝生の上にゴロリと寝転がり、高い天井の、さらに高く流れる雲と青空を眺めた。地球に居る者だけが目にすることが出来る贅沢な風景だ。
 隣でハイネが気持ち良さそうに眠っている。ケンウッドはその寝顔を眺め、養育係もこうやって子供達に添い寝して眺めていたのだろうな、と思った。養育係は子供達に別れを言わずに退職する。子供達が幼児から少年へ成長して行く過程で、新しいことを学ぶのに夢中になっている時期に、そっと静かに去って行くのだ。少年達は世話係のドーマー達がいるので、すぐには気がつかない。だが、母であり父であった人がいつの間にかいなくなっていることに気が付いた時は、やはり大騒ぎになる。部屋兄弟達が多ければまだましだ。年長者は来るべき時が来たのだと悟り、泣きじゃくる弟達を宥め励まし、自分達が親代わりになって幼い者達を守ることを学んで行く。
 ローガン・ハイネとダニエル・オライオン、たった2人きりの部屋兄弟の部屋ではどうだったのだろう。クリステル・ヴィダンは何時頃にドームを去ったのか。彼女の退所を知った時、兄弟はどうしたのだろう。ケンウッドはヴィダンがどんな人物なのか全く知らない。だが、ローガン・ハイネが今でも母親として慕っているとほんの1、2時間前に告白した相手だ。きっと優しく聡明で親身になってドーマー達の世話をしたのだろう。しかし、子供の一人は、ドーム全体からも委員会本部からも未来のドーマーのリーダーとして期待されている特別な子だった。彼女はかなりのプレッシャーを感じていたとケンウッドは想像した。甘やかさず、厳し過ぎず、怪我をさせないように、日々体調の変化に神経を尖らせて観察して・・・。

 もしかすると、ヴィダンはそのプレッシャーに耐えられなくなる前に、早めに退職したのではないだろうか。本部からの指示が来る前に、自分から去ることで、別れの辛さを和らげようとしたかも知れない。

 なんとなく、ケンウッドはそのクリステル・ヴィダンが、片恋の辛さから逃げる目的で退職願いを出してしまったアイダ・サヤカと重ね合わせて空想してしまっていた。