2019年4月27日土曜日

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 地球各地のドーム長官達は1日でも早くマザーコンピューターのデータ書き換えを行いたかった。しかし月の地球人類復活委員会が最終検証を終える迄は何も出来ない。そして、書き換え実行の前に、彼等はもう一つの難題をクリアしなければならなかった。

春分祭である。

 ケンウッドは首をきっちりと立襟で隠し、全身にフィトしたロングドレスを着て、お堅い引っ詰めのヘアスタイルをしたヤマザキ・ケンタロウを見つめた。

「誰なんだ、今年の君の扮装のモデルは? 着物姿でない君の扮装は初めてだが・・・」
「荻野吟子だよ。」
「オギノ・ギンコ?」
「日本で最初の公許女性医師だ。彼女以前にも女性医師は日本にいたのだが、1885年に国家試験を受けて免許をもらった最初の女性だ。」

 ヤマザキはスカート姿のケンウッドを眺めた。

「そのスイス的な服装から判断するに、君はハイジだな?」
「わかってもらえて嬉しいよ。山羊を連れて来る訳にも行かないからね。」

 朝食を取りながらテレビ取材を受ける際の応答の文例を確認しているケンウッドを、ハイネ局長が面白そうに眺めていた。ヤマザキは化粧をするとそれなりに女性らしく見えるのだが、ケンウッドは顔の骨格がどうしても男性そのもので、女装すると他人の笑いを誘ってしまう。いっそ男装で有名な女性になりたいのだが、歴史上の有名人で男装をしていた女性は余りにも少なかった。毎年ジャンヌ・ダルクやオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェばかりになる訳に行かない。オスカルは架空の人物だが、有名な漫画の主人公なので、仮装大会のモデルとしては「有り」なのだ。数少ない男装の麗人は毎年競争率が激しく、一つの祭に同じ人物に扮するのは2人迄と決められている。それに、男装の麗人は女性なのだから、服装が男性の物でも顔はやはり女性にならなくては話にならない。
 ケンウッドとヤマザキはハイネをチラリと見た。歳を取ってもまだローガン・ハイネは美しい。化粧させれば絶対に美女になるのだが、彼はドーマーで女装する義務はない。

「ハイネ、今日は私服で良い筈だろ? 遺伝子管理局も厨房も、ドーマー達は出産管理区を除いて休日だ。」
「毎年同じ質問をされますが、お忘れですか? 私の仕事は休日などないのです。」

 ハイネは午前中の日課だけするので、きちんとスーツを着ていた。午後になれば私服に着替えるのが、春分祭の彼のルールだ。

「秘書も仕事かい?」
「秘書達は休みです。」

 真面目なボスは最後のパンケーキのかけらを口に入れた。

「でも、部下達の数名は仕事をするつもりです。観光客に追いかけ回されるのは御免なのでしょう。」

 春分祭には地球人類復活委員会の資金集めの為に、コロニーから大勢の観光客が来る。彼等は地球観光と共にドーマー達を見に来るのだ。容姿に優れ、筋力のある才能溢れる地球人は、コロニー人の憧れだった。中には自分や親族が提供した卵子から生まれた子孫を探しに来る人もいた。