医療区長ヤマザキ・ケンタロウが一般食堂へ遅い昼食を摂りに行くと、ケンウッド長官が一人ポツンと座っているのが見えた。長官の前のテーブルには空になった食器が並んだトレイが置かれている。近づくとケンウッドは端末で何かの書類を読んでいた。
ヤマザキはトレイを彼の向かいに置き、故意に音を立てて椅子を引いた。ケンウッドがハッとした様に顔を上げた。ヤマザキが声を掛けた。
「今日は一人かい、ケンさん。ハイネはもう昼寝に行ったのかね?」
ケンウッドは小さな溜め息をついた。
「ハイネは来ていない。中央へ行ったのかも知れない。」
「珍しいね。今日はサヤカは出産管理区から出てこないのに。」
「そうじゃないんだ・・・」
ケンウッドは自身の端末をヤマザキの方へ押し出した。
「遺伝子管理局ぐるみで隠し事をしたので、局長を叱ってしまった。彼は気を悪くしたと思う。」
ヤマザキは長官の端末の画面を見た。それはハイネから送られてきた、昨日から今朝にかけて起きた事件の顛末を詳細に記した報告書だった。ヤマザキはそれをたっぷり10分かけて、但し食事をしながら、読み通した。読み終わって端末をケンウッドに返そうと顔を上げると、長官と目が合った。ケンウッドが尋ねた。
「君は知っていたのだろう? 昨日からハイネと暗号みたいな会話をしていた。」
「僕は、ハイネから救急患者の受け入れの用意が整っていることの確認されただけだよ。」
「救急患者?」
「つまり、外勤務の局員が負傷したか急病に罹ったと言う意味だと捉えた。まさか、こんな・・・」
ヤマザキは端末の画面を目で示した。周囲にはまだ人がいたので、直接的な表現は避けた。
「緊迫した事態になっていたなんて、想像していなかったさ。」
「私は航空班から遺伝子管理局が静音ヘリを無断使用したと抗議を受けて、初めて事件が起きていることを知った。それも無断使用の理由をハイネに問い詰めて、質問責めにしてしまったのだ。」
フッとヤマザキが苦笑した。
「執政官に知られたくなかったんだよ、彼は。特にケンさん、君にね。君はドーマーが傷つくと自分の身を傷つけられたみたいに苦しむから。」
「わかっている。」
ケンウッドは己に腹を立てていた。
「最初は隠し事をされて腹が立った。だから局長を叱ってしまった。ハイネは言い訳一つしなかった。ただ報告を忘れていました、の一点張りで・・・セイヤーズを危険な任務に出したことすら黙っていたんだ。私に心配をかけまいとして。」
「君は彼を叱ったことを後悔しているのかね?」
ヤマザキは最後の食べ物を水と一緒に流し込んだ。
「ハイネは昨夜から様子がおかしかっただろう?君も気が付いた筈だよ。」
「ああ・・・そう言えば・・・」
ケンウッドは昨夜の夕食の席を思い出した。
「どうしたのかと尋ねたところへ、君が来て邪魔をしたんだ!」
「僕のせいかい?」
ヤマザキが吹き出した。夕食の席でハイネは患者を医療区へ届けると断言した。ケンウッドは聞いていた筈だ。しかしツッコミを入れなかった。
「君は上司として当然の叱責をしたんだ。ハイネは叱られることを覚悟していたさ。だから君がクヨクヨする必要はない。ハイネだって根に持ったりしていないよ。」
そして医療区長としてヤマザキは報告した。
「患者は無事到着して、傷の処置も上手く行った。後は本人の精神力の問題だ。同じく帰還した2名のドーマーはどちらも異常なし。これから帰って来る連中からも医療関係の報告はないから、大丈夫だ。残るは・・・まぁ、昼飯に来ない局長の胃の調子がどんなものか、それが気掛かりだな。」
ヤマザキはトレイを彼の向かいに置き、故意に音を立てて椅子を引いた。ケンウッドがハッとした様に顔を上げた。ヤマザキが声を掛けた。
「今日は一人かい、ケンさん。ハイネはもう昼寝に行ったのかね?」
ケンウッドは小さな溜め息をついた。
「ハイネは来ていない。中央へ行ったのかも知れない。」
「珍しいね。今日はサヤカは出産管理区から出てこないのに。」
「そうじゃないんだ・・・」
ケンウッドは自身の端末をヤマザキの方へ押し出した。
「遺伝子管理局ぐるみで隠し事をしたので、局長を叱ってしまった。彼は気を悪くしたと思う。」
ヤマザキは長官の端末の画面を見た。それはハイネから送られてきた、昨日から今朝にかけて起きた事件の顛末を詳細に記した報告書だった。ヤマザキはそれをたっぷり10分かけて、但し食事をしながら、読み通した。読み終わって端末をケンウッドに返そうと顔を上げると、長官と目が合った。ケンウッドが尋ねた。
「君は知っていたのだろう? 昨日からハイネと暗号みたいな会話をしていた。」
「僕は、ハイネから救急患者の受け入れの用意が整っていることの確認されただけだよ。」
「救急患者?」
「つまり、外勤務の局員が負傷したか急病に罹ったと言う意味だと捉えた。まさか、こんな・・・」
ヤマザキは端末の画面を目で示した。周囲にはまだ人がいたので、直接的な表現は避けた。
「緊迫した事態になっていたなんて、想像していなかったさ。」
「私は航空班から遺伝子管理局が静音ヘリを無断使用したと抗議を受けて、初めて事件が起きていることを知った。それも無断使用の理由をハイネに問い詰めて、質問責めにしてしまったのだ。」
フッとヤマザキが苦笑した。
「執政官に知られたくなかったんだよ、彼は。特にケンさん、君にね。君はドーマーが傷つくと自分の身を傷つけられたみたいに苦しむから。」
「わかっている。」
ケンウッドは己に腹を立てていた。
「最初は隠し事をされて腹が立った。だから局長を叱ってしまった。ハイネは言い訳一つしなかった。ただ報告を忘れていました、の一点張りで・・・セイヤーズを危険な任務に出したことすら黙っていたんだ。私に心配をかけまいとして。」
「君は彼を叱ったことを後悔しているのかね?」
ヤマザキは最後の食べ物を水と一緒に流し込んだ。
「ハイネは昨夜から様子がおかしかっただろう?君も気が付いた筈だよ。」
「ああ・・・そう言えば・・・」
ケンウッドは昨夜の夕食の席を思い出した。
「どうしたのかと尋ねたところへ、君が来て邪魔をしたんだ!」
「僕のせいかい?」
ヤマザキが吹き出した。夕食の席でハイネは患者を医療区へ届けると断言した。ケンウッドは聞いていた筈だ。しかしツッコミを入れなかった。
「君は上司として当然の叱責をしたんだ。ハイネは叱られることを覚悟していたさ。だから君がクヨクヨする必要はない。ハイネだって根に持ったりしていないよ。」
そして医療区長としてヤマザキは報告した。
「患者は無事到着して、傷の処置も上手く行った。後は本人の精神力の問題だ。同じく帰還した2名のドーマーはどちらも異常なし。これから帰って来る連中からも医療関係の報告はないから、大丈夫だ。残るは・・・まぁ、昼飯に来ない局長の胃の調子がどんなものか、それが気掛かりだな。」