2019年4月7日日曜日

誘拐 2 3 - 2

 ケンウッドは遅い昼食を摂りに一般食堂へ行った。既にその日の特別メニューだったデザートは完売しており、オブライアン司厨長は気の毒がってアイスクリームを後でお持ちしますと言ってくれた。ハイネはもう食べたのかと訊くと、局長は特別メニューがある日は打ち合わせ会が終わるや否や駆けつけるので、とっくに召し上がってお昼寝に行かれたと言う答えだった。
 なんだか可笑しい気分になって、ケンウッドはゆっくりと食べ物を口に運んだ。食堂は利用者が減って空いていた。ドーマー達は午後の勤務に戻って行った。
 ケンウッドが何気なく入り口に目をやると、出産管理区長アイダ・サヤカが入って来るところだった。彼女が一般食堂に来るのは勤務明けか夫とデートする時だ。ハイネが昼寝に行ってしまっているのだから、勤務明けだろう。彼女も司厨長からアイスクリームの約束を取り付けて、ケンウッドの所にやって来た。

「同席許可願えますか、長官?」
「勿論、喜んで。」

 アイダはトレイを置いて椅子に腰を下ろしながら言い訳した。

「同じテーブルに居る方が、厨房係がデザートを持って来てくれる時に手間が省けますでしょう?」
「その通りですな。」

 ドーマー達から陰で「ママ」と呼ばれているアイダは、彼等の仕事が少しでも楽になるよう、いつも心配りしている。ケンウッドはふと思う所があって、彼女に尋ねた。

「アイダ博士、出産管理区のドーマー達は収容されている女性達と赤ん坊の親子の情愛をどう感じているのだろうね? 父性を感じたり、或いは自身の親を思ったりすることはあるのだろうか?」

 アイダが手を止めた。何を藪から棒に、と言いたげに長官を見た。

「親の存在を意識しないよう、教育棟で躾けるのではないのですか?」
「それはそうだが・・・」
「ドーマー達は一人で複数の親子を担当しますし、自分達でローテーションを組んで同じ女性ばかりを担当しないよう、工夫しています。彼等は忙しくてじっくりと親子の関係を観察する暇はありません。収容者を物として見ている訳ではありませんが、病院の看護師が患者と触れ合う程の余裕はない筈です。自身が子供を持つことを想像したり、親を思うことは、皆無とは言いませんが、とても稀だと思いますわ。」

 そして逆に尋ねた。

「どうして、そんなことをお訊きになるのです?」

 それでケンウッドは、ポール・レイン・ドーマーの実父が危篤なので面会に行かせたことを打ち明けた。

「元ドーマーの父親が息子に会いたいと思うのは不自然ではない。だが、現役のドーマーである息子が親をどう考えているか、想像出来ない筈はないと思う。ポール・フラネリーは何か目的があるのだろうか、と疑ってしまったのだよ。実際、レインは父親が死にかけていると聞いても無関心だったからね。」
「無理に行かせたのですね?」
「セイヤーズを付き添わせた。彼は父親として子供を育てた経験があるから、親の気持ちがわかる。彼と一緒だから、レインも仕方なく出かけた。」

 アイダはちょっと考えた。

「ローガン・ハイネが以前ちょっとだけフラネリー家の話題を口にしたことがありましたわ。奥方がレインに会いたがっているので困ると・・・もしかすると、ポール・フラネリーは最後の奥さん孝行をしたかったのではありませんこと? もう一度奥方を息子に会わせてやりたかったのでは?」
「ああ・・・」

 ケンウッドは合点が行った。