2019年5月17日金曜日

大嵐 2 1 - 1

  ローガン・ハイネ・ドーマー遺伝子管理局局長は、朝食の席でケンウッド長官にライサンダー・セイヤーズの消息を掴めたことを報告した。 ケンウッドはハムを切りながら、捜し物がやっと見つかったか、と言う程度の軽い気持ちで聞いていた。彼はまだ前日の疲れが取れずにいた。実を言うと、朝寝坊して、朝食時間には間に合ったものの、朝の運動は出来なかった。ぼーっとした頭で耳に心地よいハイネの澄んだ声を聞いていた。

「ライサンダーは成人登録と妻帯許可申請と婚姻許可申請と胎児認知届けを出して、レインに発見されました。」
「レインは本人と認めたのか?」
「昨日実際に現地に出向いて本人と面接して来ました。」
「外へ出たのか。飽和の後、最初の外出だな。彼の体調はどうだ? 異常はないかね?」

 ケンウッドはこの数日視察団の世話で疲れている。ハイネが本当に言いたいことを正確に把握していないで、焦点の呆けた応答をした。
 局長はポール・レイン・ドーマーの話をしているのではないので、少し皮肉った。

「お気に入りのドーマーをお気遣いなさるのはよろしいですが、話の論点が違います。」

 ケンウッドは皿から顔を上げた。

「私がレインを気に入っていると、君は今言ったのかね?」

 彼は不機嫌な顔をした。

「私はリンではない・・・」
「長官、そんな話をしているのではありません。」

 そこへトレイを持ってラナ・ゴーン副長官がやって来た。仕事の話でなければ男性2人のテーブルにわざわざ着くことはなかったのだが、何やら長官相手に局長が手こずっているかの様に見えたので、彼女は同席の許可を求めてみた。
 ハイネは、副長官にも情報を告げた方が良いだろうと判断したので、「どうぞ」と応え、ケンウッドも無言で頷いた。ハイネが何を言おうとしているのか、自身が理解し損ねても副長官が聞いてくれるだろうと思ったのだ。
 着席して、パンケーキにシロップを掛けながら、ラナ・ゴーンは中断している男達の会話が再開されるのを待った。
 ローガン・ハイネは捜し物が見つかった経緯の説明は止めて、本題から始めた。

「ポール・レイン・ドーマーとダリル・セイヤーズ・ドーマーの遺伝子から創られたクローンの息子が見つかりました。」
「あらっ!」

 ラナ・ゴーンは期待通りしっかり反応した。

「ライサンダー・セイヤーズが見つかったのね。元気なのですか?」
「元気です。昨日、レイン自ら出かけて面接してきました。」
「逃げなかったのね、坊やは。」
「逃げませんよ。仕事を持ち、家を持って、妻もいます。」
「結婚したの?」
「ええ、職場恋愛だそうです。」

 ハイネはライサンダーの現住所、職業、妻の氏名と経歴を簡単に説明した。ポーレット・ゴダートの名は、大勢の妊産婦達を毎日扱っているドームの幹部の記憶に残る程の重要性を持っていなかったので、ケンウッドもゴーンも覚えがなかった。しかしアメリア・ドッティをプールの事故から救った女性だと聞いて、ライサンダーとポーレットの出会いが運命的なものであるかの様な印象は与えられた。
 そこ迄聞いて、やっとケンウッドは話の内容が頭に入りかけた。

「つまり、サタジット・ラムジーの『最高傑作』は、一人前の市民権を得て暮らしているのだな?」
「もう立派な地球人ですわ、長官。」

 ライサンダーをクローン扱いするのは止めましょうと、ゴーンは言いたかった。彼女はセイヤーズが息子の話をする時、本当に嬉しそうな顔をするのを知っている。息子の成長過程を彼の口から聞けば、彼女自身の娘達の成長とも重なる。普通の子供と変わらない育ち方をしているのだ。どこにも異常はない、普通の地球人の少年だ。

「地球人ではありますが、監視は必要です。」

とハイネが水を挿した。

「妻のゴダートが妊娠しています。」
「子供が出来たのか?」
「しかも、支局の羊水検査の結果では、XXです。」

 その言葉はぼーっとしていたケンウッドの頭にしっかり入った。ケンウッドは口をぽかんと開けた。ラナ・ゴーンも手からオレンジの欠片をぽろりと落とした。
 2人は同時に叫んだ。

「XX?!」

 周囲の人々が振り返ったので、彼等は慌てて口をつぐんだ。

 ほら、上の空で聞いているから仰天するのだ。

 ハイネは苦々しく思いながら、小さな声で繰り返した。

「そうです、胎児は女です。」