2019年5月23日木曜日

大嵐 2 1 - 5

 ドームは緊急事態への対処に慣れていた。母体の生命が危険に脅かされた時、胎児を救出してドームに緊急搬送される事例は年に10数回発生するのだ。だから、ライサンダー・セイヤーズの子供が乗せられたヘリコプターがドーム空港に到着するや否や、係のドーマーが待機していて、セイヤーズ親子とケリー・ドーマーが降りるより先に胎児が入った保護ケースをドーム内に運び去った。
 ダリル・セイヤーズはストレッチャーに乗せられた息子も係に託した。ライサンダーは妻の死亡を察した時点で取り乱し、止む無く父親は彼に鎮静剤を注射したのだ。眠る息子が運ばれて行くの見送ってから、彼は後輩のジョン・ケリー・ドーマーに注意を向けた。ケリーも精神的に参っていた。同僚のパトリック・タンが誘拐された時、彼はタンとはぐれてしまったことを後悔していた。今度は監視していたセイヤーズ家から離れて支局へ上司を迎えに行った間に、監視対象が襲われてしまったのだ。
 ヘリの上では、ダリル・セイヤーズは息子の面倒で精一杯だった。だから、ドームに到着して一息つける状態になってから、ケリーにも気を配るべきだったと気が付いた。疲労と憔悴しているのはセイヤーズ自身も同じだったが、彼はケリーの肩に手を置いて努めて元気良く声を掛けた。

「さぁ、まだ報告書作成が残っているぞ。もう一踏ん張りだ。」

 ケリーは弱々しく頷いた。2人で居住区へ向かう為に歩き出した。近道をする為に出産管理区を通った。赤ん坊や幸福な母親達を見るのは辛いので、スタッフ通路をひたすら足早に通り過ぎた。彼等の勢いに、すれ違ったスタッフは何か怖い物を感じた。
 遺伝子管理局本部に入ると、受付の係が2人に局長執務室にすぐに行けと指示した。セイヤーズは重い足取りで歩くケリーを支えるようにエレベーターに乗った。

「僕は凶運を持っているのかも・・・」

とケリーが呟いた。

「周囲に不幸を運んでいる・・・」
「馬鹿だな。」

とセイヤーズは彼の肩に腕を回して引き寄せた。

「君が他人の運不運を左右するような大物だとは知らなかったよ。」

 そして続けた。

「私の進化型遺伝子が悪人供を惹きつけるようだ。だが私は自分を不運だとか不幸だとか思ったことはないし、親を恨んだこともない。ジョン、人間の幸不幸は結局自分の心次第で、他人に影響を及ぼす力を持っているヤツなんてそうそういやしない。」

 セイヤーズは溜め息をついた。

「ただ、息子には悪かったと思っている。あの子はクローンで、私が作ったのだからね。」
「セイヤーズ・ドーマー・・・」

 ケリーはダリル・セイヤーズが彼を励まそうと精一杯努力していることを感じ取った。彼は背筋を伸ばした。

「愚かな悔やみごとを口にしました。もう大丈夫です。有り難うございます。」

 セイヤーズは微笑んで彼の肩から腕を外した。エレベーターはとっくに目的のフロアに到着していた。