2019年5月10日金曜日

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 ケンウッドは自身の執務室の休憩スペースで上着を脱いだままの状態で仮眠をとった。コンピュータが検体採取室から人が退室した合図を鳴らしたのは午前3時を回った頃だった。ケンウッドは浅い眠りから目覚め、コンピューターの前に立った。検体採取室の内部の様子を見る操作をすると、セイヤーズが一人でベッドに横たわっていた。毛布だけ体にかけて休んでいる様だ。女はいなかった。
 アパートに戻してやらなければ、とケンウッドは思った。自宅でゆっくり休ませるべきだ。
 彼は執務室を出ると、ゆっくりと検体採取室があるフロアに向かった。セイヤーズにも10数分程は仮眠させてやろうと思ったので、急がなかった。
 地球の時間を気にしないコロニー人達が各自の研究室で仕事をしている灯りが見えたが、検体採取室のフロアは静かだった。アリス・ローズマリー・セイヤーズ女史が部屋を出入りする姿を見られないように、ケンウッド自ら執政官達の立ち入りを禁じたのだ。時間限定だし、ドーマー達は普通夜間は研究目的の仕事に参加しない。地球人は原則的に夜は休ませることになっている。夜勤はドーマー達自身で仕事のシフトを決めて行うことで、コロニー人は口を出さないのだ。
 ケンウッドは検体採取室に静かに入った。セイヤーズはモニターで見た時と殆ど同じ姿勢で眠っていた。

「起きなさい、セイヤーズ・・・」

 ケンウッドは優しく声を掛けながら肩を揺すった。セイヤーズが反射的に体を仰向けにして声がした方へ拳骨を突き出した。

「おっと!」

 ケンウッドは彼の拳骨を両手で包み込む様に受け止めた。キャッチボールのボールを掴む感じだ。両腕に軽い衝撃を感じたが、苦痛ではなかった。

「レインが君を起こすのを嫌がる訳だな・・・」

 セイヤーズが覚醒した。目を開き、周囲を見た。検体採取室だと彼は認識した様だ。彼が上体を起こしたので、ケンウッドは彼の手を離して少し後ろに退いた。

「気分は悪くないか?」
「いいえ・・・今何時です?」
「午前4時だ。起こす様な時間ではないが、アパートで休ませたかったのでな。」

 セイヤーズはまだ産まれたままの姿なのに気が付いた。検査着を捜しかけたので、ケンウッドは傍の棚に置かれていた彼が着てきた服を渡した。セイヤーズが服を身につけている間、ケンウッドは壁を見ていた。着衣が終わる頃に、彼は言った。

「コロニー人の身勝手を許してくれ。」
「許す? 何をです?」

 セイヤーズは頭の中がまだすっきりしない気分だった。只の疲労なのか、それとも思考がまとまらないだけなのか。

「君の意思を確認してから決めなければならないことを、評議会が勝手に決めてしまった。」
「ドームがいつもやっていることを、あの女性が1人でしただけでしょう。」

 言ってしまってから、セイヤーズは後悔した。ドームがしていることは、地球人の未来の為の研究だ。しかし、昨夜の出来事は、1人のセレブの女が自前の子孫が不出来なので自身のクローンが産んだ子供を父親にして新しい子孫を創ろうとしただけだ。ドームの事業と金持ちの我が儘を同じ次元で考えてはならない。
 謝ろうと振り返って、彼は愕然とした。ケンウッドはげっそりとやつれていた。頬には無精髭を生やし、目は寝不足で赤かった。長官はセイヤーズを金で売ってしまった委員会の一員として、後悔し悩んでいるのだ。

 この人は、私を売るまいとして抵抗してくれたのだ。

 セイヤーズはケンウッドに近づき、肩に手を掛けた。

「ドーマーの役目は子孫を残すことでしょう。あの女性が個人的に私を利用しただけです。どうか気に病まないで下さい。それに、私はそれなりに楽しみましたから。」

 快楽に浸ったのは事実だった。アリス・ローズマリーは上手にリードしてくれたのだ。男は快感がなければ役に立たないから。セイヤーズは初めての異性体験に夢中になり、3回絶頂に達して最後は意識を失ってしまった。

「君は優しいなぁ」

とケンウッドは呟いた。

「セイヤーズ女史が息子に欲しがるのも無理はないだろう。」
「私は彼女の役に立ったのでしょうか?」
「さて・・・受精はまだだろうし、受精に成功したとして着床まで12,3日はかかる。結果が出るのは彼女がコロニーに帰ってからだな。」
「もし失敗したら?」
「2度目はない。そう言う約束だ。」

 ケンウッドはきっぱりと言い、セイヤーズを安心させた。