2019年5月8日水曜日

訪問者 2 2 - 10

 ケンウッドは医療区に急いだ。走りたかったが、長官がドタドタ走り回るのはみっともないし、住民達に不安を与えるので、すまし顔で足早に歩いた。受付はフリーパスなので、そのまま入院病棟へ入った。
 ハイネは視察団が来る時の指定部屋にいて、ケンウッドがガラス窓の前に来ると、丁度ロボットが空になった夕食の食器を下げて出て行くところだった。ハイネは部屋に設置された事務机に向かおうとして、ケンウッドに気が付いた。微笑んで手招きすると、彼は面会者用の椅子を事務机のそばに置いた。
 ケンウッドは消毒スペースを通り、室内に入った。ハイネは病気ではないが、病室に居るので、寝巻きを着せられていた。それ以外はいつもの彼だった。

「お疲れの様子ですな。」

 ケンウッドが椅子に座るなり、彼の方から声を掛けてきた。ケンウッドは時間を惜しんで、いきなり本題に入った。

「困った出資者様がいてね、無理難題を迫られている。」

 彼はアリス・ローズマリー・セイヤーズの要求をハイネに語った。勿論、ハイネはケンウッドと共にベルトリッチ委員長からセイヤーズ女史の要求を聞かされている。ケンウッドの愚痴は、彼女が翻意してくれないことだった。ケンウッドはどうしても彼女が金の力でドーマーのセイヤーズを抱くことが許せない。ドーマーは男娼ではないのだ。
 しかしハイネはケンウッド程にも事態を憂いていなかった。

「成り行きはダリル・セイヤーズ本人に任せなさい、長官。」

と彼は穏やかな口調で言った。

「あの子はもう良い大人です。それに、コロニー人の女性は彼を縛り上げるのではないでしょう。」
「それはそうだが・・・」
「行為をするもしないも、男の意思次第ですよ。」

 そして、ハイネは立ち上がり、ベッド側の小さなクロゼットに歩み寄った。寝巻きを脱ぎ捨て、彼自身の服を身につけ始めた。

「退院します。どうやら遺伝子管理局の業務になりそうなので。」
「ハイネ・・・それはどう言う・・・」

 戸惑うケンウッドに彼は説明した。

「ダリル・セイヤーズはドーマーとして今夜『お勤め』をするのです。貴方は直ぐに遺伝子管理局に『お勤め』の要求を提出して下さい。私が承認してセイヤーズに出頭命令を出します。」

 ケンウッドは必死で頭を回転させた。ハイネは何か彼の気分を楽にする策を考えてくれたのだ。それは・・・

「セイヤーズ・ドーマーとセイヤーズ女史を検体採取室で会わせるのか!」

 2人のセイヤーズがそこで何をしようと、それはドームの研究を目的とした業務になる。ゲストハウスの客室で会うのとは意味が違って来るのだ。
 ケンウッドは端末を出し、急いでヤマザキ医療区長に遺伝子管理局長の退院命令を出した。本物の病人なら医療区は拒否出来るが、ハイネは病気ではない。ヤマザキはケンウッドの命令を拒否出来なかった。
 3分後に、ハイネの端末に退院許可証が送られてきた。