2019年5月3日金曜日

訪問者 2 2 - 1

 春分祭の翌日、ケンウッドが仕事をしていると月の地球人類復活委員会から連絡が入った。

「こんにちは!」

 ベルトリッチ委員長が美しい笑顔で挨拶した。

「昨日は女装大会お疲れ様でした。なかなか可愛いらしいハイジだったわよ。」

 それは言わないでくれ、とケンウッドは苦笑した。委員長は地球勤務時代の半分は男性だった。どんな女装をしていたのだろう。
 それにしても、女装の労いだけを言いに通信してくる筈がない。何か面倒な用件があるに決まっている。果たして、委員長はすぐに本題に入った。

「ところで来週、出資者様の視察があるわよ。」
「えっ? またですか?」

 ケンウッドはうんざりした。この数年アメリカ・ドームが狙い撃ちされているみたいだ。普通は10数年おきじゃなかったか? 
 ベルトリッチは詳細な説明を避けたが、簡単に言い訳した。

「どうしてもセイヤーズに会いたいと言う出資者がいるのよ。」
「進化型1級遺伝子危険値S1保有者をですか?」
「その遺伝子は関係ないの。」

 ベルトリッチは今は言いたくない、と言った。

「理由は別にあるのだけど、直前に貴方に告げて欲しいと言われている。我慢してくれない?」
「まさか、セイヤーズを宇宙へ連れて行くって言うのではないでしょうね?」

 それは駄目だ。地球人は地球で一生を過ごさせてやりたい。本人が望まない限り、宇宙へ連れ出したくない。ケンウッドが警戒すると、ベルトリッチは首を振った。

「そんなことは言っていないわ。先方の希望はセイヤーズに地球に留まって欲しいのよ。ただ会いたいだけ。」
「よくわかりませんが・・・」
「ハイネの捕獲の予定日が決まったら教えて。」

 いきなりベルトリッチが話の方向を変えた。ケンウッドにはそう思えた。しかし、彼女はこれに少しだけ説明を加えた。

「ハイネにもセイヤーズに面会したい人の理由を説明するわ。だから、彼が医療区に収容される前に貴方にも説明します。2人揃って聞いて欲しいの。」
「副長官は?」
「彼女には教えないで。」
「それは?」
「秘密を知る人は少ない方が良いし、万が一世間に漏れたら、責任を取る人間が少ない方が良いでしょう。貴方、ハイネ、そして私の3人だけよ。」

 ケンウッドは嫌な予感がした。出資者の誰かが法律違反を企んでいるのではないか。
 ベルトリッチは、くれぐれも口外しないでね、と言い残して通信を切った。