2019年5月23日木曜日

大嵐 2 1 - 6

 局長執務室では、まだ2人の秘書がいて書類仕事をしていた。セイヤーズもケリーも気がつかなかったが、彼等は外部の警察との情報交換の整理をしていたのだ。警察は遺伝子管理局が絡んだ事件が発生した場合、支局の指示を受けて捜査する。事件に関する世間への情報公開、つまりマスコミへの発表は支局指導だ。ドームで行われている「取り替え子事業」の秘密を守る為に、情報操作しなければならない。だから、ネピア・ドーマーとキンスキー・ドーマーは支局と連絡を取り合い、警察に渡せる情報の仕分けをしていた。
 ハイネはコンピューターの画面から顔を上げ、セイヤーズとケリーに執務机の前の席に座れと目で合図した。2人が腰を下ろすと、彼は声を掛けた。

「FOKを逮捕したそうだな。3人共怪我がなくて良かった。」

 セイヤーズは局長が直前迄読んでいたものが、クロエルとケリーと彼が送った報告書だと気が付いた。

「敵は油断していました。目的のものを手に入れて、人質を取ったので逃げ切れると思っていた様です。」

 セイヤーズは努めて元気な声を出して答えたが、部下達が疲労していることはハイネにはお見通しだった。

「事件のあらましは報告書で十分だ。ケリー・ドーマー・・・」
「はい?」

 ケリーは不意に名を呼ばれて、ギクリとした表情になった。監視が不十分だったとお叱りを受けるかと思ったので、彼の血圧は一気に上昇した。しかしハイネは別のことを言った。

「たった一人で今日迄ライサンダー・セイヤーズとポーレット・ゴダートを監視・護衛してご苦労だった。残念な事件で終わってしまったが、君の働きに何の落ち度もないことは誰もが知っている。」
「あの・・・恐れ入ります・・・」

 ケリーは赤くなった。局長も彼が自責していることを察しているのだ。

「クロエルが警察での犯人の取り調べに立ち会った。今回の事件の首謀者はゴダートの幼馴染で、彼女自身が彼を自宅に招いたと自白したそうだ。平気で友達を裏切る人間だとは、彼女は夢にも思わなかったのだ。」
「しかし、局長、チーフ・レインはドン・マコーリーを信用出来ないと考えて素行調査を行なっていました。僕等はもっと警戒すべきでした。」
「だがマコーリーは産科の医者だ。妊婦のゴダートが幼馴染の医者を信用して自分で呼んでしまったものを、我々が阻止するのは困難だった。マコーリーはその時点では何も行動を起こしていなかったのだからな。」

 ハイネはそれ以上部下の繰り言に付き合う気はなく、ケリーに言った。

「ライサンダー・セイヤーズとその子供は暫くドーム内に保護する。君は2日休暇を取り、その後は再び現地へ戻ってレインと共に事件の事後処理に取りかかりなさい。」

 ハイネが口を閉じたので、ケリーは彼への局長指示は終わったと判断した。彼は、立ち上がった。

「了解しました。失礼します。」

 ハイネが頷いたので、彼はセイヤーズにも軽く会釈して部屋から出て行った。
 セイヤーズは、次は己の番だと気を引き締めた。しかし、局長の指示は彼の意表を突いた。

「医療区へ行って、ライサンダーに付き添ってやりなさい。今は父親の君を必要としているだろう。」
「しかし、まだ仕事が残って・・・」
「端末で出来る内容は医療区ですれば良い。鏡を見たか、セイヤーズ? 酷い顔だぞ。」

 ハイネは休めと言ってくれているのだ。セイヤーズはやっと上司の心遣いに気が付いた。ケリーも2日の休暇を与えられた。局長は精神的負担を強いられた部下達を思いやってくれたのだ。