2019年5月1日水曜日

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 ケンウッドは自宅アパートにやっとの思いでたどり着いた。クタクタだった。それでも明日の仕事に備えて化粧を落とし、衣装を脱いでシャワーを浴びた。短パン姿で寝室に入った時、端末に電話が着信した。こんな夜中に誰だ? 無視しようと思ったが、画面を見るとハイネだった。仕事の電話だとは思えなかった。それでもケンウッドは親友からの電話に律儀に出た。

「お休みでなかったですか? 夜分に申し訳ありません。」

と電話を掛けたくせに遺伝子管理局長は謝った。ケンウッドはあくびを噛み殺した。

「これから寝るところだよ。」
「そうですか。」

 ハイネは残念そうな表情になった。

「一杯飲もうと思ったのですが。」

 酒より寝たいケンウッドは面倒臭そうに尋ねた。

「君の部屋で?」
「貴方のお部屋でも良いですよ。ワインかウィンスキーを持って行きます。」

 ハイネは同じ棟に住んでいる。エレベーターをスムーズに使えれば1分もかからない。ケンウッドは折れた。

「いいよ、おいで。」

 Tシャツを着た直後にチャイムが鳴った。どうやら廊下から掛けたらしい。ケンウッドは端末を操作して入り口の解錠をした。「お邪魔します」とハイネが入ってきた。服装は完全にリラックスした部屋着で、手に真新しいバーボンの壜を持っていた。居間のソファに座ったケンウッドはそれを見て苦笑した。

「執政官として、今の君を飲酒禁止規則違反で捕獲して観察棟に収容しなくちゃいけないが・・・」
「酒を持参すると予告したドーマーを部屋に招き入れた執政官も同罪ですが?」

 ハイネは勝手にキッチンに入り、グラスに氷を入れて戻ってきた。ケンウッドの好みの量を覚えていて注ぎ入れた。向かいに座り、お疲れでしょう、と言った。

「貴方はいつも全力でお仕事をされる。周囲に常に気を配っておられますが、貴方ご自身に対してはどうでしょうか。」
「私に?」

 ケンウッドは酒を一口口に含んだ。熱い液体が喉を滑って行った。

「自分に気を配る必要はないよ。私は完璧主義者ではないし、手を抜くところは抜いている。君は私に自分を可愛がれと言いたいのだろう? 大丈夫、ちゃんと可愛がっているから。」

 もう一口飲んだ。胃の中が熱くなった。
 底なしの酒飲みハイネが優しい目で彼を見ていた。ケンウッドは彼に尋ねた。

「孫と会って感無量だったろう?」
「楽しかったです。」

 ハイネはケンウッドががっかりするようなことを言った。

「養育棟の訓練所に居る若いドーマーと同じですね。」

 ケンウッドは苦笑するしかない。ハイネはドームの中しか知らないのだ。子供を持った経験があるドーマーはドームの中にいないし、孫など存在しないも同然だ。

「君は初対面で孫たちの心を掴んだのだよ。ヘンリーもキーラも感心していた。少年少女の悩み事を解決するなんてね。」
「解決などしていませんよ。」

 ハイネはクイっと酒を飲み干した。2杯目を注ぐ。

「本当のことを言っただけです。親を凹ませる屁理屈をね。」
「屁理屈をね・・・」

 ケンウッドは眠気を覚えた。疲れた体に強い酒は強力な催眠剤だ。彼は自身に気配りすることにした。

「悪いがハイネ、私はもう休ませてもらうよ。ここで好きなだけ居て良いから。」
「わかりました。お休みなさい。」

 おやすみ、と立ち上がってケンウッドが背中を向けると、ハイネが呟いた。

「孫娘の一人が貴方に恋をしているそうです。」

 疲れているケンウッドはそれを遠くで聞いた。

「そうか・・・大人になってからじっくり考えて物を言えと伝えてくれないか?」