2019年5月14日火曜日

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 運動施設の闘技場で行われたダリル・セイヤーズ・ドーマーとアンリ・クロワゼット大尉の格闘技試合の結果は、忽ちドーム中に拡散し、視察団も執政官達もそれを聞いて内心「それ見たことか」と傲慢だった軍人の惨めな敗退にほくそ笑んだ。ケンウッドは秘書からその話を聞いた時は一瞬冷や汗をかいたのだが、視察団の団長から直後に電話をもらった。

「地球人と宇宙連邦軍の広報係官がちょっとした余興を行ったそうじゃないですか。」

 団長は連邦政府にも影響力の大きい某有名大学の学長だ。学長自身も大金持ちで公的私的に出資者様と言う、地球人類復活委員会としても無視出来ない存在だった。その人が、クロワゼットが恥をかかされたことを喜んでいる雰囲気を隠さなかった。

「地球人もなかなかやりますな。」
「お騒がせして申し訳ありません。」
「いやいや、みんな朝から楽しんだ様ですぞ。地球人との交流が少なかったので、面白かった様です。それにあの軍人は少々調子に乗り過ぎていましたな。」

 団長は、私も見たかった、と笑い、それから視察団の帰りの出立時刻を告げた。昼前の月へ向かうシャトルで帰るのだと言う。ケンウッドは時計を見て、3時間後だと計算した。

「ドーマーの代表達と共に送迎フロア迄お見送りしますよ。」
「そうですか。ひょっとして、遺伝子管理局長にも会えますかな?」

 そう言えば、まだハイネは視察団に挨拶していなかったな、とケンウッドは気が付いた。

「ええ、問題ありません。今朝の闘技場での試合の前に、彼がそこで運動をしていたのは確かですから。」

 ハイネは見送りには必ず現れる。だからその点をケンウッドは心配していなかった。問題は、セイヤーズが出て来るかどうかだ。ドーマーの代表として挨拶したメンバーが顔を出すのだが、昨夜の出来事の後だ。それに今朝彼は闘技場でクロワゼット大尉に恥をかかせた。
 団長は白いドーマーに会えることを楽しみにしていると告げて通話を終えた。
 ケンウッドは溜め息をついた。それから見送りにもう一人、どうしても顔を出さねばならない人物がいることに気が付いた。地球人の未来の鍵を握る男だ。JJ・ベーリングの能力のプレゼンと共に彼の存在を披露したかった。そして彼が地球人として地球に残る権利を大富豪達に保障してもらいたかった。しかし、ジェリー・パーカーは見世物扱いされると感じたのか、何処かに隠れてしまい、この3日間姿を現さなかった。
 取り敢えず、解決出来ることから処理しよう。
 ケンウッドはハイネ局長に電話をかけた。日課に取り組んでいる時刻だったので、当然ながら第1秘書のネピア・ドーマーが不機嫌な声で応答した。

「遺伝子管理局、局長執務室です。」
「おはよう、ネピア・ドーマー 。ケンウッドだ。局長に取り次いでくれ。」

 ネピアには明確な上から目線で物を言った方が効果がある、と最近になってやっと気が付いた。上下関係をはっきりさせることを日頃から心がけている男には、こちらが上なのだとはっきり態度で示すべきだ。
 果たして、ネピアは「お待ちください」と言って、直ぐにハイネに取り次いでくれた。
おはようございます、と挨拶してハイネは画面のケンウッドに優しく微笑みかけた。

「お疲れの様ですな。もう少しの辛抱ですよ。」
「うん。今日の午後が待ち遠しいよ。ところで、視察団の見送りの件だが・・・」
「必ず顔を出します。何時ですか?」
「午前11時半だ。11時に中央研究所のロビーに来てくれないか?」
「承知しました。」
「ドーマー代表達にも来てもらいたい。先日のメンバーだ。」

 するとハイネが困った顔をした。ケンウッドは一瞬セイヤーズの件だと思ったが、違った。

「クロエルが今朝中米に飛び立ちました。勿論仕事ですが、見送りが面倒臭いので逃げたのです。」

 青天の霹靂だ。セイヤーズが出席を渋っても、クロエルがいれば視察団も彼の話術に機嫌を直すだろうと思っていたのに。ケンウッドの落胆をハイネは敏感に見抜いた。遺伝子管理局長は言った。

「代わりにレインを行かせます。元々彼の役目の筈だったのですから。」
「彼は出てくれるだろうか?」
「セイヤーズが出るのですから、レインも行きます。」

 セイヤーズは来てくれるのか、とケンウッドは安堵した。今朝の闘技場での大暴れで気が済んだのだろう。

「では、局員の方はよろしく頼む。私はターナー・ドーマーとベーリングに声をかけておく。ああ、それから・・・」

 ダメ元でケンウッドはハイネに尋ねた。

「ジェリー・パーカーが何処に隠れたか、君は知らないだろうね?」
「パーカーはまだ隠れているのですか?」
「うん・・・」

 ケンウッドの顔が心細そうに見えたのだろう、ハイネがクックと笑った。

「では、部下を総動員して彼を引きずり出しましょう。」