2019年5月3日金曜日

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 アメリカ・ドームが現在有している全ドーマーを10年間養える金額をベルトリッチ委員長は言葉に出した。ケンウッドはその金額が示す意味を聞いた数秒後に悟った。一瞬顔から血の気が退いて、すぐに今度は逆流するのを感じた。彼は顔を真っ赤にした。

「委員会はセイヤーズを売ったのですか?」

 ハイネが彼を振り返った。その顔は無表情だった。
 ベルトリッチが深い溜め息をついた。

「貴方が反対するだろうことは、みんな承知していました。」
「勿論、反対です。」
「でも契約してしまいました。」
「そんな・・・連邦法違反です。否、真に人権蹂躙ですっ!」

 ケンウッドは画面に噛み付く勢いで顔を近づけた。

「本人の承認も得ていないのに・・・」

 その時、横からハイネが静かに声を掛けてきた。

「長官、ドーマーに選択権はありません。」
「否、これは人権問題だ。選択権の問題ではない。」
「しかし、委員会は昔からドーマーの遺伝子を販売して収入源としているではありませんか。」

 ケンウッドは再び殴られた気分になった。ハイネは事実を言った。地球人には教えてはならない事実を、ハイネは既知の事実として述べたのだ。

 知っていたのか、ハイネ・・・

 現時点で生存しているドーマー達の遺伝子の、最高値で売られている遺伝子保有者であるローガン・ハイネが、その事実を知っていた。
 ショックで脱力したケンウッドに代わってハイネがベルトリッチに尋ねた。

「そのコロニー人女性はセイヤーズ・ドーマーの遺伝子を望んでいるのですね?」
「そうです。でも彼女が望んでいるのは彼の進化型遺伝子ではなく、彼と彼女の間の子供です。」

 ケンウッドは口をあんぐりと開けた。自分が馬鹿みたいな表情をしているな、と感じながらも、彼はまだ何も言えないでいた。
 ハイネが考えてから委員長に言った。

「彼女は彼と直接の行為を望んでいるのですね。だから高額の寄付金を払った?」
「ええ、貴方の考えた通りよ、ハイネ。」

 ベルトリッチが初めて感情を顔に出した。忌々しげな表情をしたのだ。

「精子だけの提供では駄目なのですって。彼女が実際に妊娠して出産しないと意味がないのです。彼女と夫との間の子供であると世間に思わせたいのね。」
「体外受精では駄目なのですか? コロニーでは普通だと聞きましたが?」
「彼女は楽しみたいのよ。」

 ベルトリッチが吐き捨てるように言った。

「遺伝的息子とね。」
「それは倫理的に・・・」

 ケンウッドは気分が悪くなった。頭痛と吐き気がした。ハイネが彼の肩に手を置いた。温かい手だった。

「実の親子ではありません。」

とベルトリッチが言った。

「だから、そこは目を瞑って欲しいと言う、高額寄付金です。」