2019年5月24日金曜日

大嵐 2 1 - 7

 ハイネ局長から連絡をもらった時、ケンウッド長官は夕食に出かけようとしていた。医療区とクローン製造部の慌ただしい動きは、中央研究所にはまだ達していなかった。だから、ハイネから事件を聞かされ、ケンウッドは絶句した。
 ポーレット・ゴダートは幼馴染みの産科医ドン・マコーリーに身籠もった子供が女の子だと告げてしまった。マコーリーは彼女の夫がセイヤーズ姓を名乗るクローンだと言うことも教えられた。ポーレットは胎児の健康の為に、医師に全てを打ち明けることが賢明だと判断したのだ。
 しかし、マコーリーは、クローンの体に脳を移植して若返りを夢見るミナ・アン・ダウン教授の弟子だった。人間の脳が快感を覚える時に造られるβーエンドルフィンを麻薬として抽出して売り出す組織FOKのニコライ・グリソム達の仲間でもあった。
 マコーリーは仲間と共に、胎児とクローンの男を手に入れようとニューポートランドに来た。ニコライ・グリソムの裁判前に手に入れれば、人質に出来るし、コロニー人を地球から追い出したがっている金持ち達に売ることも出来る。
 何も知らないポーレット・ゴダートは、マコーリーを子供時代の優しい隣のお兄さんのままだと信じて家に招き入れてしまった。マコーリーは油断した彼女に襲いかかった。彼女は辱めを受け、殺害された。マコーリーは浴室で幼馴染みの女性を解剖した。胎児を取り出し、死なないよう擬似子宮に入れた。産科医なので、その程度の装備は持っていたのだ。そこへ、ライサンダー・セイヤーズが帰宅した。
 マコーリーはライサンダーにも性的虐待を行い、胎児と共に自身が経営する病院へ連れ去ろうとした。そこへ遺伝子管理局のクロエル、セイヤーズ、そしてケリーが現れたのだ。3名はすぐに異変に気づき、ライサンダーを救出し、マコーリーと仲間を速攻で捕縛した。残念なことにポーレット・ゴダートは救えなかったが、胎児を保護した。

「セイヤーズの息子はどうしているのかね?」

 ケンウッドは妻を殺害され、我が子を盗まれかけた若者の心の傷を思いやった。まだ18歳になったばかりじゃないか。それなのに、こんな悲惨な運命を受け入れなければならないのか。

「ドームに保護しました。精神的ダメージが大きいので、鎮静剤で眠らせていると医療区から連絡がありました。現在は父親のセイヤーズが付き添っています。」
「父親が付いているのか・・・」

 ケンウッドはライサンダーのもう一人の父親の存在を思い出した。

「レインはどうしている?」
「彼は西海岸へ出張でしたが、事件の知らせを受け取って引き返しました。もうすぐ帰ってきます。」

 クールに見えて実際は情熱的な男であるポール・レイン・ドーマーは息子夫婦を襲った悲劇に感情的になっている筈だ。ケンウッドはハイネの冷静さが救いに思えた。

「ライサンダー・セイヤーズはドーマーではないが、ドーマー同士の間の子供だ。そして今回は異常事態だ。例外だが、彼を暫くドームに留め置くことを許可する。また、彼の子供はまだ胎児の状態だから、胎児保護プログラムの適用を命じる。母体から出る時期迄の養育をドームで行う。よろしいか、遺伝子管理局長?」

 ケンウッドが精一杯テキパキと指示を与えると、ハイネは電話の向こうで、「承りました」と言った。
 ケンウッドは深呼吸した。何か忘れていないだろうか?

「クロエルは戻って来たかね?」
「10分前にポートランド市警本部を出て空港に向かうと連絡がありました。半時間後には戻るでしょう。レインより先に帰って来ます。」
「では、彼が夕食を終えたら、ここへ来るように伝えてくれ。君も来てくれないか? 外部のマスコミ対策が必要だろう。今回の事件は外の世界で起きた殺人事件だから。」
「わかりました。では、私もすぐに食堂へ行きます。」

 ハイネは絶対に食事を抜かさない。ケンウッドは苦笑ではあるが、やっと笑うことが出来た。

「私も行くよ。君と食事時に別行動を取ると、何かあったのかと勘ぐる連中がいるからね。」

 まだ執政官やドーマー達に事件を伝えるつもりになれなかった。