2019年5月3日金曜日

訪問者 2 2 - 5

 宇宙から客が来るからと言って、ドーマー達が特別何か準備をする訳ではない。いつもより掃除を丁寧にとか、花を飾って、とかそんなこともしない。
 忙しいのは執政官達で、ケンウッド長官以下、客がドームの事業の進展を理解出来る様資料の整理や作成に忙殺されていた。JJはとりわけ忙しく、塩基配列が見えることの証明をパフォーマンスで披露しなければならず、サンプル作成に没頭していた。ハイネ局長は自ら医療区に出頭して入院した。慣れていたし、ヤマザキの下剤作戦は御免だった。忙しさで気を紛らわせているケンウッドを励ましたかったが、これはセイヤーズの問題だ。若い部下がどう感じ上からの指示にどう従うか、それはハイネにもわからなかった。
 視察団は20名だった。各コロニーを代表する大企業の経営者や著名な大学教授達だ。彼等は、手順通り月で地球滞在中の注意事項を与えられ、宇宙船内で消毒を受けた。そして来訪者が着用を義務づけられているスーツに着替え、静かに地球に降り立った。
 特に歓迎式典はなかった。これは視察団側からの希望で、彼等の世話で地球人の手を煩わせたくないと言うのだった。初日はドーム内の見学で、特にドームの主要施設である出産管理区と地下のクローン育成施設に重点が置かれた。
  夕方近くになって、仕事に没頭しているポール・レイン・ドーマーとダリル・セイヤーズ・ドーマーの端末にそれぞれ連絡が入った。セイヤーズへの連絡はラナ・ゴーン副長官からで、半時間後にゲストハウスのロビーに来るようにと言うものだった。視察団との面会はゲストハウスのホールだから、これは集合がかかったと考えて良いだろう。
 レインはケンウッド長官からドーマー代表として挨拶に出るよう指示された。ケンウッドは彼の接触テレパスでスパイラル工業CEOのセイヤーズ女史の思考を読み取らせ、ダリル・セイヤーズに注意喚起して欲しかった。しかし、レインは全く別の理由から長官の指示に逆らった。

「嫌です。俺は行きません。」
「挨拶するだけだよ。それともコロニー人と面会するのは嫌かい?」
「いいえ、意味がないことはしませんから。」
「そう言わずに・・・」
「ずぇったいに、嫌です!!」

 執政官に逆らわない筈のレインが駄々をこねた。ケンウッドは困った。普段ならハイネを通して説得してもらうのだが、肝心の遺伝子管理局長は医療区だ。部下達は局長が本当に病気だと思っている。秘書のネピア・ドーマーは長官と言えども入院中の局長と外部の接触を良しとしない。ケンウッドはレインの出席を諦めることにしたが、別の不安が生じた。

「君が来ないのなら、セイヤーズも来てくれないのかな?」

 するとレインはあっけらかんと言った。

「セイヤーズはちゃんと行きます。それは安心して下さい。」

 そして、さようならと言って電話を切った。
 ケンウッドとレインのやりとりを聞くともなしに聞いていた長官秘書のチャーリー・チャンがケンウッドに教えた。

「レインは視察団のメンバーに入っている宇宙連邦軍の将校と顔を会わせたくないのです。」
「ああ・・・そうだったか・・・」

 前回、レインは宇宙連邦軍広報のクロワゼット大尉との間に問題を起こした。悪いのはクロワゼットだったが、レインは恥ずかしい目に遭わされたので、彼に会いたくないのだ。嫌な過去を思い出させて可哀想なことをした。ケンウッドは反省して、すぐにレインの代役を立てることにした。今度は執政官に反抗はしても、嫌なことから逃げたりしない男だ。相手はすぐに電話に出た。

「クロエルです。」
「クロエル・ドーマー、視察団にドーマー代表で挨拶してくれないか? レインがどうしても嫌だと言うのだよ。ハイネが入院しているので、遺伝子管理局の代表としてチーフに出てもらわないと困るのだが・・・」

 クロエル・ドーマーとしても面倒は嫌だろうが、この男には副長官をしている養母がいる。彼女の顔を潰す訳に行かない。

「僕ちゃんが挨拶すれば良いんすね?」
「そう、挨拶だけだ。」
「わかりました。じゃぁ、ゲストハウスに行きます。」
「時刻はわかっているかね?」
「はい、おっかさんに聞いていますから。」
「頼もしい。ではよろしく頼むよ。」

 電話を終えてケンウッドは深い溜め息をついた。視察団がクロエルにまで魔の手を伸ばさなければ良いが・・・。