2019年5月25日土曜日

大嵐 2 1 - 9

  ドームは夜中でも機能している。コロニー人には夜も昼も関係ないし、赤ん坊の誕生にも昼夜関係がない。
 ポール・レイン・ドーマーは深夜の飛行機で西海岸からとんぼ返りしてきた。もの凄く怒っていたので、ゲートの消毒班が彼のそばに近づくのを躊躇った程だ。彼が中央研究所のケンウッドの長官執務室に入ると、ローガン・ハイネ遺伝子管理局長が、隣の椅子でうたた寝していたクロエル・ドーマーの脚を蹴って起こした。
 ケンウッドが指した椅子にレインはどさりと体を落とし込んだ。彼が心身ともに疲労していることは明白だったが、ケンウッドは今話して置くべきだと思った。

「遠くから緊急で呼び戻して申し訳ない。」

と長官が言うので、レインは黙って首を振った。事件の報告は機内でクロエル・ドーマーから電話を通して聞かされた。クロエルは警察の取り調べに立ち会ったのだ。

 「もっと早くマコーリーの正体に気づくべきでした。」

 レインが反省すると、ハイネが言った。

「電話の盗聴だけでは、誰が悪意を持つ人間なのか判別不可能だ。ライサンダーとポーレットの夫妻には友人が多かった。今朝まではマコーリーはその中の1人に過ぎなかった。君が調査に乗り出した日に、あの男がセント・アイブスからポートランドまで移動するなど、誰も予測していなかっただろう?」
「ですが・・・」
「反省するな、レイン。」

 局長は部下を黙らせた。
 ハイネが振り返ったので、ケンウッドは自分の役割を果たしことにした。

「ライサンダー・セイヤーズの子供は、クローン育成施設で育てることにする。」

 ケンウッド長官の宣言に、誰も異を唱えなかった。母胎を失ってしまった胎児が生きられるのはドームしかない。略奪者が来ない、安全な場所は、ここしかないのだ。
 ケンウッドはクロエル・ドーマーを見た。母親が希望した堕胎によって3ヶ月で人工子宮の世話になった男だ。

「事故で母親を失って人工子宮に保護される胎児はたまにいるが、無事に生き延びる例は少ない。多くは現場の医師の腕が未熟で死んでしまうからだ。今回の胎児もまだ数日観察を要するが、ドームまで保ったから、きっと生きてくれるだろうと信じている。」

 レインに聞かせたのだが、クロエルが代わりに頷いた。
 レインは胎児のことに関心が薄い様子で、局長に尋ねた。

「息子は何処です?」
「医療区だ。」

 ハイネが答えた。

「ダリル・セイヤーズが付き添っている。」
「行ってやれば?」

とクロエルが口を挟んだ。レインは首を振った。

「俺が行っても、あいつは喜ばん。」
「倅じゃないよ、父親のセイヤーズの方だ。」

 クロエルは長官を見た。

「良いでしょ、長官? セイヤーズは父子共々まいっちゃってます。ダリルは息子の嘆きをどう受け止めて良いのか、途方に暮れてるし、ライサンダーは鎮静剤で抑えないと錯乱状態に陥ってしまう。レインの冷静さが必要なんです。」

 ケンウッドは頷いた。今部屋の中に居る男達全員、個人的な家族を持った経験がない。家族に不幸が襲った経験がない。だがポール・レイン・ドーマーはダリル・セイヤーズ・ドーマーを1度失ったことがある。

「行ってやりなさい、レイン。ダリル・セイヤーズが君を必要としている。」