2019年5月5日日曜日

訪問者 2 2 - 6

 ゲストハウスはドーマーや執政官の居住区域と中央研究所の間にあって、建物としてはこじゃれた20世紀初期のヨーロッパ風の外観をしていた。ドーマー達はこの建物の維持を担当している住居班以外使用したことがないので、中がどんな間取りなのか知らない。
 JJ・ベーリングはそつなくプレゼンをこなし、才能を出資者達に理解させることに成功した。コロニー人達は彼女の視力や脳の構造を知りたがたったが、それはドームの研究対象ではないのだとケンウッドは言った。引率係の地球人類復活委員会の役員も、彼女の能力の分析は委員会が扱う研究の範疇を超えていると言い訳した。
 拍手の音に送られながらJJがホールから出て行った。数分後に入れ替わりで3人の男性ドーマー達が入ってきた。クロエル・ドーマー、ジョアン・ターナー・ドーマー、それにダリル・セイヤーズ・ドーマーだ。
 拍手で迎えられるのは照れ臭い。ケンウッドは3人に彼の横に並ぶよう促した。

「後ほど自由時間にいくらでもドーマー達と接する機会があろうかと思いますが、基本的に仕事以外でドーマー側からコロニー人に話しかけることはしません。ドーマーは地球人であると自覚させる為に、幼少期からコロニー人を無視するように教育しているからです。」

 3人の紹介の後、ケンウッドは説明した。故意に視察団をドーマーに近づけまいと牽制した。今回、視察団に例の軍人が参加していると言う情報はドーム中に拡散しており、ドーマー達が視察団に近づきたくないと思っているのは事実だ。ケンウッドは秘書のチャンにそれを思い出させてもらい、予防線を張った。「ですから」と彼は続けた。

「ドーマーに質問がありましたら、この場で、ドーマーを代表して来てくれた3人にお願いします。」

 視察団のうちの数名は既にこの企画を過去に経験済みだった。そして維持班のターナー・ドーマーは仕事柄宇宙で製造された機械や部品の購入でコロニー人と接する機会が多かったので、視察団の中に顔馴染みが出来ていた。彼は設備の維持や新規設置に関するドームの方向性など、建設関係の質問を受けた。
 プライバシーに関する質問は御法度となっていたが、クロエルは女性達からドーム内のファッションについて質問を受けた。彼の服装やヘアスタイルのセンスが抜群に素晴らしいと宇宙でも評判になっていたのだ。クロエルは「おっかさん」の表情を伺って、「喋っても良い?」と目で了解を求めた。ラナ・ゴーンは真面目な顔で頷いた。それで、彼は語り始めたのだが、好きな話題と言うこともあって、どんどん熱が籠もり、早口になって女性達とのファッション論議に時間を取った。
 お陰でセイヤーズは持ち時間が少なくなった。彼への質問は、遺伝子がもたらす生まれ持った才能を活かす為に、どんな未来設計を描いているか、と言う随分抽象的なものだった。勿論質問者は彼の進化型1級遺伝子の存在を知っているのだ。セイヤーズは返答に窮した。

「私は能天気ですから・・・」

と彼はぼそぼそと喋った。

「私の脳が周囲の地球人とどう違うのか、考えたことがありません。たまに私の行動が他人を驚かせて、それが遺伝子から来る能力の発現だと言われるのですが、私は意識して使っている訳ではないので、他人と違うと言われても困るのです。」
「つまり・・・」

と口をはさんだ者がいた。赤みがかったブロンドの女性だ。ケンウッドは彼女が問題のCEOだと気が付いた。

「先刻にプレゼンをしてくれたJJ同様、貴方には当たり前のことなので、活かすも何も特別に発展させたいとか才能を伸ばしたいとか考えていない、と言うことですのね?」
「ええ、その通りです。」

 女性は質問した男性に向かって、

「地球人はスーパーマンを愛しますけど、スーパーマンが増殖することは望まないのですわ、グールド氏。セイヤーズ・ドーマーはそれを本能的に悟っているのでしょう。」

と言った。セイヤーズは心の中を見透かされたようで、ドキリとした。グールドと呼ばれた男が薄笑いを浮かべた。

「しかし、彼の子供達はかなりの数でしたな。全部進化型の遺伝子を受け継いでいるのですかな?」

 セイヤーズの子種で生まれた胎児達のことを言っているのだ。ドーマーの子供達はクローンではなくコロニー人女性から提供された卵子との体外受精児だ。セイヤーズの子供が女の子だったら、必ず進化型遺伝子を持っている。
 ケンウッドがこの質問に答えた。

「ドーマーの子供達は実験体ですから、遺伝子組み換えを行うこともあります。セイヤーズのX染色体は必ずチェックしています。先ほどのJJが進化型遺伝子の位置を特定しましたので、その部分だけ手を加えました。ただし、JJは遺伝子がもたらす結果を見るのではありませんから、実際に子供達がどんな能力を持って生まれるかは、彼等が人工子宮から出る迄わかりません。」

 「ほう」とグールド氏は呟き、セイヤーズに向き直って言った。

「試験管ではなく生で子供をつくりたいだろうね。」

 この露骨な表現に、女性陣から抗議の声が上がり、男性達も彼を睨んだので、グールド氏は己が下品な事を口にしたのだと気づいて、「失礼」と詫びた。
 セイヤーズは、そしてケンウッドも視察団の最後列に座っている50歳近い男が笑うのを見た。その顔は知っていた。クロワゼット大尉だった。