2019年5月9日木曜日

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 午後9時を過ぎた頃、ポール・レイン・ドーマーは自宅アパートにて一人でテレビを見ていた。恋人のダリル・セイヤーズ・ドーマーはケンウッド長官から中央研究所へ出頭せよと指示を受けて出かけていた。
 ドーマーが中央研究所に呼ばれるのは、十中八九「お勤め」だ。セイヤーズは地球人の命運が掛かった遺伝子を持っているので、執政官が研究に必要だと思えばいつでも呼び出される。レインは彼を気の毒に思ったが、ドーマーの存在理由は「研究に使われる地球人」なのだから、文句を言えない。見返りに生まれてから死ぬ迄安全で清潔なドームの中で大切にされながら生活出来るのだ。
 レインの端末に電話が着信した。部下からだろうと軽い気持ちで手にして画面を見ると、ハイネ局長からだったので、彼はちょっと慌てた。急いでテレビを消すと、電話に出た。

「セイヤーズは中央研究所に行ったか?」

とハイネが開口一番に尋ねた。レインが「はい」と答えると、ハイネは躊躇なくセイヤーズの身に起ころうとしていることを語り始めた。

「セイヤーズを呼んだのは、長官でも執政官達でもない。今夜ゲストハウスで騒いでいるコロニー人の一人だ。」
「コロニー人が? 科学者ですか?」
「否、スパイラル工業のCEOだ。」

 宇宙の情報を得る機会を制限されている地球人でも、その企業の名前は知っていた。宇宙船建造の最大手で、宇宙連邦の至る所に支社や支店を置き、工場も持っている。その下請けに至っては、それこそ星の数程もある。地球の企業も、スパイラル工業の製品や部品を購入しているのだ。ある意味、一大帝国を築いている企業だ。
 レインはその有名大企業のCEOはどんな人物だったか思い出そうとしたが、彼が思い出す前にハイネが言った。

「CEOは、アリス・ローズマリー・セイヤーズと言う女だ。」

 残念ながら前日の視察団への挨拶を拒否したレインの記憶に、その女性の顔はなかった。だが、名前に引っかかるものがあった。

「セイヤーズと仰いましたか? ダリルの母親のオリジナルと関係があるのでしょうか?」
「オリジナルその人だ。」

 レインは驚き、それからオリジナルが自身のクローンが産んだ息子を見たいのだと思った。しかし、ハイネは彼が仰天する情報を出した。

「セイヤーズ女史は、セイヤーズ・ドーマーとの間に子供を作ろうとしている。だから、彼を呼んだのだ。」
「子供を作る・・・って・・・ダリルの母親のオリジナルでしょう?」
「彼女はオリジナルだが、セイヤーズ・ドーマーの母親ではない。」
「でも遺伝子が・・・」
「全く同じではない。セイヤーズ・ドーマーの母親は女の子を産めない。」
「しかし・・・」
「スパイラル工業は同族会社だ。親族の中の優秀な人間が経営の舵を取る。だが、彼女は自身の子供達を凡人だと断じている。数億の社員の生活を守り、宇宙連邦の秩序を守る力量がある人間ではないと、彼女は息子達を見切っている。」
「それでは、ダリルの子供を産んで、会社の後継者にするつもりですか?」
「そうだ。彼女は賭けに出た。ドーマーの子供が優秀な経営者になれるとは限らん。だが彼女は藁にもすがる思いで、地球人類復活委員会に莫大な寄付をして、ドーマーと一夜を過ごす許可を取り付けたのだ。」

 レインは眩暈がしそうな気分だった。

「委員会は、ダリルを売ったのですか? 一夜限りの男娼として?」
「一夜限りの配偶者だ。ケンウッド長官は猛反対したがね。」

 ハイネはケンウッドの名誉の為に後の言葉を付け足したのだ。このドーム内にいるコロニー人は誰も悪くない、とレインに感じさせなければならない。例え一人のドーマーだけでも、反抗させてはならなかった。南北アメリカ・ドームの平和を守る為に、ドーマー達に執政官へ不信感を持たせてはいけない。その昔、彼をドーマーのリーダーに据えて地球人達を統制しようと言う執政官達の考えを、ハイネは自覚しないまま、彼自身の「我が家」を守ろうとしていた。

「セイヤーズはやっと一人前の男になる。それに、彼は遺伝子を元の人間に戻してやるだけだ。そう割り切って考えたまえ。」

とハイネはレインに言った。セイヤーズとレインは互いの肉体を愛し合う仲だが、レインが既にJJ・ベーリングと男女の関係になっているのに対して、セイヤーズはまだ異性に関して童貞だった。それが今夜、やっと・・・

「本人には不本意な状況だろうが、こちらは金以外にも良い結果を得られる。」
「何でしょう?」

 レインは恋人が男娼扱いされている様な気がして不満だったので、ちょっと反抗的な口調で質問した。

「セイヤーズがコロニー人を喜ばせることが、我々の利益になるのですか?」
「利益ではないが・・・」

 ハイネはニヤリとしたと思われる雰囲気を声に滲ませた。

「厄介払いが出来る。」
「厄介払い?」
「夜が明ければわかる。」