2019年5月19日日曜日

大嵐 2 1 - 4

 その日の午後、ローガン・ハイネ遺伝子管理局長は次の日は出産管理区長アイダ・サヤカが重力休暇を取る為に月へ行く日だと思い、気分が沈みかけていた。多忙な彼女と顔を合わせない日も少なくないのだが、彼女が同じドームの中にいると思うと安心出来る。しかし、彼女が宇宙空間に出てしまうと、たまらなく寂しく、そして不安になるのだ。もし航宙艦に故障や事故が起きたらどうしよう、と悪い想像をしてしまう。地球と月の間の航路で事故が起きたことはこの半世紀なかったのだが・・・。
 ハイネは気分転換に部屋から出て、内勤の局員達がいる大部屋へ向かっていた。ドアの前迄来た時、ポケットの端末に電話が着信した。外にいる部下からの直通だ。4つのチームのどのチーフからだ? ハイネは端末を出し、画面に表示された名前に少し驚いた。
 発信者はダリル・セイヤーズ・ドーマーだった。そう言えば、クロエル・ドーマーが彼を気晴らしに外へ連れ出す許可を取り付けてポートランドへ出かけたのだ。面会はさせられないが、こっそり息子のライサンダーの顔を見せてやる、とクロエルは言っていた。クロエルからではなく、セイヤーズからの電話と言うことは、クロエルに何かあったのか?
 ハイネは通話ボタンを押した。

「ハイネだ。」
「局長!」
 
 電話の画面でセイヤーズが叫んだ。

「セイヤーズです、局長。大至急人工子宮の準備をしてもらって下さい。受胎3ヶ月の胎児用です。」

 ハイネの頭が素早く反応した。セイヤーズ、受胎3ヶ月の胎児、人工子宮・・・

「ライサンダーの妻に何かあったのか?」

 セイヤーズはチラリと背後を振り返り、また元の位置に戻った。向こうを向いて話したくないのだ。彼は小声で言った。

「FOKに先を越されました。息子と胎児を保護しました。」

 胎児の母親に関して、彼は言及しなかった。言及しなかったからこそ、ハイネはライサンダー・セイヤーズの妻ポーレット・ゴダートに何が起きたか悟った。

「わかった。大至急副長官に設備の要請をする。クロエルはそこにいるか?」
「私の息子と一緒に、近くにいます。ケリーは警察の相手をしています。」

 では指揮権はセイヤーズに変更だ、とハイネは判断した。

「警察の相手はクロエルに任せろ。君はケリーと共に君の息子と胎児を連れてドームに戻れ。寄り道はするな。」

 ライサンダー・セイヤーズはドームと無関係に生きて行く筈だった。しかし、ハイネは彼の意思よりも彼の安全を優先させた。ダリル・セイヤーズは素早くそれを理解した。母親の体から外に出されてしまった胎児が生き延びるには、ドームの技術が必要だ。そして、妻を失ったライサンダーを一人にしておけない。

「了解しました。すぐに息子と胎児を連れてケリーと共に帰投します。」

 セイヤーズは通信を切った。
 ハイネは休む暇もなく、ゴーン副長官に電話をかけた。