2019年5月18日土曜日

大嵐 2 1 - 3

 3ヶ月経った。
 ジョン・ケリー・ドーマーはただ車でライサンダー・セイヤーズの家がある通りを走り抜けるだけではなかった。彼は集音器で家の中の音声も拾って聞いた。プライバシー侵害だが、若夫婦の交友関係をつかんでおきたいと言うチーフ・レインの意向だった。
 ライサンダーは職場の仲間と交流していた。他所から来た人間だったし、遊べる様な金銭的余裕もないので、職場以外の場所で友達を作る機会がまだないのだ。しかし職場では人気者らしく、地元のバスケットボールチームに誘われたり、野球チームの助っ人を頼まれたり、休日もよく出かけた。 夫婦で仲間の家に招待されることもあったし、招待する方になることもあった。
 ポーレット・ゴダートは綺麗な女性で、ケリーはちょっと若いライサンダーが羨ましく思えた。まだお腹がそんなに大きくないので、モデルみたいにすらりとしたスタイルの良い美女だ。彼女は時間が不規則な夫と違い、毎朝同じ時刻に自家用車で出勤して、夕刻どこかで買い物をして帰宅する。夫婦がそろっている時は、一緒にいてテレビを見たり音楽を聴いたりしていた。
 ライサンダーが夜勤当番の日、彼女は友人と電話でお喋りをしていた。多くは女性友達で、ケリーは女性の興味の対象がよく理解出来なかったが、料理の話やファッションの話をたっぷり聞かされた。 育児に関するアドバイスを求める時もあって、大富豪アメリア・ドッティから電話が掛かってくることも珍しくなかった。アメリアはライサンダーにもっと時間を家族の為に合わせることが出来る仕事を紹介したいと言ったが、ライサンダーの方は今のままの方が気が楽だと断った。
 ポーレットが夫以外で電話をよく掛ける男性がいた。ダン・マコーリーと言う名で、ケリーは同僚にも同じ姓のドーマーがいるなぁと、電話相手の名をすぐに覚えた。
会話の内容から、ダン・マコーリーは産科医の様で、勿論、出産はドームが管理しているのだが、妊婦がドーム収容の通知を受け取る迄の期間健康管理をしてもらう医師だった。彼女が彼に頻繁に電話するのは、彼が彼女の幼馴染みだったからだ。ちょっとしたアドバイスや悩み事相談、そして最初の結婚以来疎遠になっている彼女の両親の様子伺いに、ポーレットは電話で聞いていた。
 ケリーからダン・マコーリーと言う男の存在を報告されたポール・レイン・ドーマーは、当然のことながらその医師を調査した。
 マコーリーはセント・アイブス・メディカル・カレッジの卒業生で、レインにとって非常に気に入らないことに、ミナ・アン・ダウン教授の教え子だった。

「ニコライ・グリソムやジョン・モア兄弟の仲間じゃないのか?」
「彼等の名前は出て来ませんが?」
「ポーレットが知らないだけだろう。俺はそのマコーリーって医者をもう少し詳しく調べてみる。」

 通話を終えたケリーは、通りを往来する人々を眺め、車を動かした。街の中心街へ行くとどんどん通行人が増えていく。囮捜査に参加した時にケリーは「通過」を経験したので、抗原注射は不要の体になったのだが、まだ人混みを見ると不安になる。雑菌の集団に見えるのだ。閑散とした住宅街の方がまだましだと思うが、長時間張り込むと住人に怪しまれるので、街へ出たり、支局に立ち寄って休憩するのだ。
 ポール・レイン・ドーマーはその日、朝食前にドームを出て西海岸に向かう飛行機に乗っていた。「飽和」を経験して以来、出張を控えていたのだが、平常の勤務に戻る潮時だと判断したのだ。チーフと言う地位は全ての支局巡りを部下に任せてもかまわないのだが、ドーマー達は働き者なので、どの班のチーフも自ら出かけて行く。レインも出張が苦にならないし、むしろデスクワークより支局巡りをしたりメーカーの捜査をする方が好きだ。
 ジョン・ケリー・ドーマーからポーレット・ゴダートの交友関係に関する報告を受けた時、彼はドン・マコーリーなる医師を調査するべきだと思った。コンピュータで調べられる経歴は知れている。本人に近づいて探るべきだろうと思ったが、巡回の順番は西から、と決めてあるのですぐに取りかかることが出来ない。仕方が無いので、犬猿の仲のセント・アイブス・出張所のリュック・ニュカネンにマコーリーの身辺調査をメールで依頼しておいた。
 レインの留守を預かる秘書のダリル・セイヤーズ・ドーマーは、仕事に励んでいた。息子の消息が判明したと教えられた時は興奮してしまったが、今は冷静ないつもの彼に戻っていた。じたばたしても何も変わらないのだから。寧ろ真面目に職務に励んだ方が、外出許可をもらえる機会が得られる近道だ。
 その日は養子縁組申請が多かった。女性が少ないから、子供が欲しい男達が増える。子供達は取り替え子だ。本当の親は女の子をもらって我が子だと信じて育てている。ドームでは「血縁より愛情」と言う教えをドーマーの養育で使用するが、外の人間にも結局のところ押しつけているのだろう、とセイヤーズは思った。
 彼が事務作業に専念している時、クロエル・ドーマーは局長執務室に居た。彼はハイネ局長に進言していた。

 「セイヤーズをこのままデスクに貼り付かせていたら、戦闘員として使い物にならなくなりますよ。」

 ハイネは日課の邪魔をする部下に顔を上げずに応えた。

「それなら、君が使えば良い。レインは使い方を知らんからな。」