2017年1月14日土曜日

訪問者 1

 ダリル・セイヤーズ・ドーマーは2日後には車椅子を医療区に返却して杖を使って自力で歩ける様になった。まだ走ったり負傷した脚にばかり体重を掛けないように、と言われたが、座り仕事なので、問題はなかった。クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーと2人で手分けして事務仕事をこなした。その間にポール・レイン・ドーマーは狂気の時間を脱し、細菌感染のオンパレードに入った。外気と遮断された部屋に閉じ込められ、発熱やら悪寒やら腹痛で苦しめられるのだが、どれが一番酷いのかは個人差があるので、軽く済む人間もいる。

「僕は下痢と腹痛が酷かったんです。頭痛なんかは大したことなかったです。」

 クラウスが経験談を語った。ガラス越しの面会時間の会話だった。ダリルはポールが不機嫌な顔でベッドの上から睨むのが可笑しくて、笑いを我慢するのに苦労した。ポールは頭痛と目眩が酷いと文句を言ったところだ。やつれているのが妙に婀娜っぽく見える。ファンクラブの連中が見たら発情しそうだ。
 クラウスが「ダリル兄さんの時は?」と話を振ってきた。

「私は『通過』をやらなかったから・・・特に何も・・・ああ、食あたりが1回と鼻風邪を数回やったかな。」
「18年間で、それだけ?」
「うん。」
「丈夫なんですね。」
「人間は基本的に丈夫なんだよ。ドーマーは過保護にされているんだ。」

するとマイク越しにポールがまた文句を言った。

「楽しそうに会話をするな。用がなければ帰れ。」

 ダリルとクラウスは顔を見合わせ、笑った。JJは昨晩やって来てポールと楽しくお話をしたそうだ。

「野郎には用がないとさ。」
「それじゃ、お暇しましょうか。ポール兄さん、退院後の書類の山、楽しみにしてて下さい。」

 2人がガラスに背を向けると、「待て!」とポールが叫んだ。ダリルが振り返ると、ポールが彼を指さした。

「その脚はどうした、ダリル? 怪我をしたのか?」

 鋭い観察力だ。ダリルは杖を使わずに自然に歩いて面会スペースに入ったつもりだったのだが。

「いろいろあってね・・・退院したら話すよ。」
「否、今ここで話せ。退屈しのぎだ。」

 ダリルが断ろうとしたのに、クラウスが折りたたみ椅子をガラス際に持って来た。

「僕も詳細に聞きたいですよ、兄さん。」

 仕方が無くダリルはスカボロ刑事の通報からシェイを発見して保護する迄の経緯を語った。ポールは口を挟まずに聞いてくれた。天井を眺めたまま、じっと耳を傾けていた。そしてダリルの語りが終わると、彼を振り返った。

「偶然の災難だったんだな。」
「私はそう思っているが、ケンウッドは不機嫌になった。ハイネ局長が全部責任を負ってくれたんだ。」
「君を行かせたのは局長だったのだろう。上司の仕事は部下のしくじりを謝ることだ。」
「肝に銘じます。」

とクラウスが言って、初めてポールが笑った。

「君は俺と部下にはさまれて一番気苦労な地位だな。」
「補佐役の私は脳天気だし・・・」
「だから精神科医と結婚しているんです。」

3人の「兄弟」は笑い合った。ポールの気分も良くなった様子だったので、やっとダリルとクラウスは医療区を出ることが出来た。
 遺伝子管理局本部に戻ると、局長秘書から連絡があった。来客があるので、ダリルに局長室に来るようにと言うものだった。