2017年1月18日水曜日

訪問者 6

「大袈裟だわ・・・」

 ラナ・ゴーン副長官は、ポール・レイン・ドーマーとファンクラブが懸念する視察団の男の話を聞いて笑った。
 ダリルは彼女と定番の緑地帯デートをしていた。今や2人の定位置である植え込みの陰にあるベンチに並んで座って、お行儀良くお喋りするだけのデートだ。

「話題の人は、クロワゼット大尉ね。宇宙軍広報部に所属する将校です。保安課のゴメス少佐の元部下ですよ。」
「貴女は彼をご存じなのですか?」
「仕事柄、時々出遭います。宇宙軍もドーム事業に寄付してくれていますからね。」
「迷惑な人だと聞きましたが?」
「手癖が悪いことは確かです。通りすがりに女性のお尻や胸に手を触れたり、故意にぶつかったりするわ。」
「貴女も被害者?」
「私は年寄りですからね。1度お尻に手を触れられそうになって、躱しました。失敗した相手には、大尉は手を出しません。でも彼を知らない若い執政官達には注意を与えておかなければいけませんね。」
「地球の法律では、女性に嫌がる行為を行うと5年以上の実刑ですよ。」
「あら、そうなの?」

 ラナ・ゴーンは驚いて見せたが、実際はそんな程度のことは知っているはずだ。

「その法律は、男性の場合も適用されるのかしら?」
「男性でも、迷惑だと訴えれば適用されるでしょう?」
「では、ドーマー達は地球の法に則ってクロワゼット大尉を訴えれば良いわ。地球で行われた犯罪はコロニー人と雖も地球の法律で裁かれるはずです。大尉が宇宙に帰っても、地球から引き渡し要求が出されれば、宇宙軍は大尉を拘束して事情を聞くでしょう。悪質と判断すれば地球の要求に応じる可能性もありますよ。先例がいくつかあるはずです。ドーマーが知らないだけで・・・。」
「ドーマーは世間知らずですから。」

 ダリルは気になっていたことを尋ねた。

「レインは酷くクロワゼットを嫌がっている様子でしたが、前回の視察で何かあったのですか?」

 ラナ・ゴーンは溜息をついた。

「彼は貴方には言いたくなかったのね。彼の場合はそれこそ悪質な嫌がらせを受けたのよ。」
「前回と言うと、2年前ですか?」
「ええ・・・クロワゼットが視察団に参加する様になって3度目ね。あの不良軍人は、視察の合間の自由時間に、ジムに現れたの。ドーマーも執政官も、体のラインがよくわかる服装をしている場所にね。彼は最初にパトリック・タン・ドーマーに目を付けて、ジムの中でつきまとい始めたのです。タンは冷静な人ですから、相手にしませんでした。それで、大尉は次に南米班のカルロス・ドミンゴ・ドーマーを追いかけました。ドミンゴはちょっと神経質な人なの。つかず離れず付いてくるコロニー人が気になって運動に集中出来なくなったので、彼は上司に報告しました。その時、ジムに居た幹部はレインだけでした。ドミンゴの直属の上司ホセ・ドルスコ・ドーマーは南米にいたし、クロエルもコスタリカに、クリスチャン・ドーソン・ドーマーはオフィスで、コロニー人に苦情を言える人間はレイン1人だけだったのです。」
「ドミンゴは自分で苦情を言わなかったのですね?」
「ドーマーはコロニー人に反抗してはいけないと教育されていますからね。」
「そうでしたね・・・」

 ダリルはちょっと悔しかった。理不尽なことをされても、ドーマー達は逃げないし逆らわない。誰か上の人が助けてくれるのを待つだけだ。

「レインはクロワゼットに立ち向かったのですか?」
「そうね・・・ドミンゴにつきまとうなと言ったのだと思うわ。でも、その瞬間、クロワゼットの興味はドミンゴからレインに移ってしまったのよ。」

「ああ」とダリルは納得した。目の覚める様な美しいドーマーが現れて苦情を言い立てたのだ。クロワゼット大尉がこれを見逃す訳がない。テレビの「女装大会」で見かけたであろう美男子が目の前に居るのだ。
 
「クロワゼットはレインに言ったそうです。『柔道で勝負しよう、君が勝てば謝る』と。」
「もしレインが負けたら?」
「キスを要求したの。」

 ダリルはその先を容易に想像出来た。ポールは負けたのだ。そしてキスされた。接触テレパスの彼が無理矢理キスされたら、相手の思考が勝手に頭の中に流れ込んで来たはずだ。きっと最低の気分になっただろう。

「クロワゼットは重力強化施設で訓練を受けた元特殊部隊の精鋭だったのです。ゴメス少佐の部下だったと言ったでしょう? 少佐が軍を退役するきっかけとなった宇宙船の事故で、クロワゼットも負傷して、彼は一線を退いて内勤になったのですが、強いことには代わり有りません。レインはそれを知らなかったので油断したのです。コロニー人が重力のある地球で地球人に勝てるはずがないと。」
「執政官がクロワゼットはレインに執心していると言っていましたが?」
「大尉はネット上で地球での体験を書いているのです。軍の機密は書きませんが、個人的に接した人間のことは書いています。レインは女装大会のテレビ放映で多くのコロニーにファンを得ていますからね、レインとキスをしたと書けば読者は増えるでしょう。」
「なんだか聞いていると気分が悪くなります。」

 ダリルは出遭う前からクロワゼットと言う男が嫌いになった。

「彼は私に会いに来るそうですが?」
「彼ではなく、視察団が貴方に会いたがっているのです。2人きりにならない限り、大丈夫です。視察団はJJとパーカーにも会いたいそうです。パーカーは拒否していますけどね。」