2017年1月15日日曜日

訪問者 2

 局長室で待っていたのは、ハイネ局長に優るとも劣らぬ美しい白髪の高齢ドーマーだった。ただハイネが均整の取れたスマートな体格なのに対して、客人はころっと太っていた。太る体質なのだとダリルは知っていた。そう言う進化型1級遺伝子なのだ、この客人は。

「お久しぶりです、マリノフスキー局長。」

 ダリルが挨拶すると、マリノフスキー西ユーラシア・ドーム遺伝子管理局局長がニッコリと笑顔を見せた。

「セイヤーズ、元気そうだな。忙しい毎日を過ごしているそうじゃないか。」
「おかげさまで・・・その節は大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」

 18年前ダリルは脱走した時、西ユーラシア・ドームの所属だった。マリノフスキー局長の部下だったのだ。当時のアメリカ・ドームの長官リンがポール・レイン・ドーマーを我が物とする為に、ダリルを西ユーラシアへ飛ばしたのだが、マリノフスキー局長はその辺りの事情をハイネ局長からそれとなく聞かされていたので、気の毒な若いドーマーをいろいろと気遣ってくれた。気晴らしの里帰りのつもりでダリルにアメリカ出張を命じたのもマリノフスキーだ。それなのに、ダリルは脱走して、恩を仇で返した状態になってしまった。リン長官はダリルを逃がした責めを負って更迭された。マリノフスキー局長も無事ではなかったはずだが、ダリルは西ユーラシア・ドームで何があったのか一切聞かされていない。

 マリノフスキーはニコニコと丸い顔を更に柔和にして見せた。

「過去のことはもう言いっこ無しだ、セイヤーズ。地球人がしたことに執政官が責めを負う場合、地球人には咎はないのだよ。」
「しかし・・・」
「今日は新規プログラムの構築の件でお邪魔している。それに、ラムゼイ博士のクローンの多くは中央ユーラシアとアフリカに住んでいるからね。先日君はラムゼイのジェネシスを保護したそうじゃないか。彼女の遺伝子情報が手に入って、大いに助かっているよ。」

 ダリルは優しい上司達に恵まれて幸せだと感じた。

「君の恋人は大変な美男子だそうだね。」

 マリノフスキーの言葉に、ハイネ局長が反応した。

「今、『飽和』を終えて『通過』の真っ最中だよ。」
「それは残念だな。執政官の精神状態を不安定にさせ、ドーマーを暴走させる程の美貌を見てみたかったが、諦めるとするか。やつれた姿は見られたくないだろうからな。」

 マリノフスキーはカラカラと笑った。
 このドーマーの進化型1級遺伝子は、事故などで食糧補給が断たれた場合の宇宙船乗りの生命維持能力を高めたものだ。つまり、皮下脂肪をしっかり蓄えて1週間は食べなくても生きていける、と言うものだが、地球では無駄な遺伝子情報だった。人口が減った分、食糧は足りている。だから、マリノフスキーは無駄に太っているのだ。まずやつれたことはないだろう・・・。

「兎に角、セイヤーズの元気な姿を見て安心した。」
「相変わらず、やんちゃな男でね、年中何か騒ぎを起こしているよ。西ユーラシアはアメリカに彼を返却して正解だったと思うはずだ。」

 ハイネ局長の言葉にダリルは赤面した。確かに、執政官達からトラブルメーカーとして見なされていることは確かだ。
 マリノフスキーはニヤリとした。

「しかし、当方のシベリア分室が厄介払いしたアレクサンドル・キエフをドームそのものから追い払ったのも、セイヤーズだろう?」
「ああ、他のドーマーや執政官にも危害が及ぶ恐れがあったからね。キエフは精神疾患の遺伝子は持っていなかったが、後天的に壊れてしまったな。」
「あの男は異常に嫉妬深かった。養育係のコロニー人も手に余していたのだ。外へ出しても問題を起こしていただろう。何時か何処かで片を付けねばならなかった。死なせずに処理出来て良かったよ。」

 ハイネ局長はダリルに向かって、客人に何か尋ねたいことはあるか、と聞いた。
それでダリルは西ユーラシア時代に世話になったあちらの遺伝子管理局の仲間の近況を尋ねて、彼等によろしくと伝えて下さい、とマリノフスキー局長に頼んだ。
 そして改めて客人に挨拶をすると、オフィスに戻った。
 ダリルが局長室を出て行くと、マリノフスキーがハイネに尋ねた。

「地球人が復活したら、コロニー人は地球から出ていくと思うかね、ハイネ?」
「ドーム事業はコロニーの金を食うからなぁ・・・きっと彼等は喜んで引き揚げて行くさ。」
「だが、地球には彼等が欲しい資源がまだあるからな・・・これからも連中の不要な遺伝子を地上に残して行くだろうよ。ドームがなくなった時、進化型は野放しになる・・・」