2017年1月21日土曜日

訪問者 9

 面会は無事に終わったが、長官がダリルに少し時間を割いて残るようにと言った。ターナー・ドーマーとクロエル・ドーマーはホールの外に出て行った。ラナ・ゴーン副長官が視察団に夕食が準備されている研究所の食堂へ案内しますと言って、彼等を誘導して去った。
 1人だけ、客がホールに残った。先刻のブロンドの女性だ。訪問者用のお仕着せを着て、首からヴィジターズパスを提げている。ケンウッド長官がダリルに彼女を紹介した。

「火星第2コロニーの行政長官で、航宙艦造船で有名なスパイラル工業のCEOでもある、アリス・ローズマリー・セイヤーズ女史だよ。」

 ダリルは長官を見た。客の名前の意味するところを何となく察した。セイヤーズ女史がまたあの薄情そうな笑みを浮かべた。

「そう・・・貴方が私のクローンが産んだ子供なのですね。」

 ああ、やっぱり・・・とダリルは心の中で呟いた。どこかで見たことがある顔だと思ったのだ。今朝、バスルームで見たじゃないか、自分の顔を・・・。
 ダリルが表面上何の反応も示さないので、長官は溜息をついて、女史に言い訳した。

「ドーマーは肉親を懐かしがらないよう教育されていますので。」
「お気遣いなく。」

とセイヤーズ女史。彼女はダリルの目を覗き込んで尋ねた。

「お母さんに会ったことはないのでしょう?」
「名前も知りませんよ。」

 ダリルと言う名前は父親からもらった名だ。しかし、姓のセイヤーズは母親のオリジナルの家系のものだから、実際の生みの母の姓はセイヤーズではない。ダリルはきっと目の前の女性は生みの母とそっくりの顔なのだろうと思ったが、懐かしさは湧かなかった。

「では、何処でどうしているのかも知らないの?」
「ええ。」
「会いたくない?」
「いいえ。」

 ケンウッド長官はデジャヴューを覚えた。そうだ、ポール・レイン・ドーマーともこれに似た会話をしたはずだ。あの時、彼はダリルなら肉親の情を理解出来ると思った。ダリルには息子がいるから。しかし、あれは思い違いだったらしい。ダリル・セイヤーズ・ドーマーも他のドーマー達と同じだ。「親」と言う存在を遠いものとしか認識していない。
 セイヤーズ女史が質問の方向を変えた。

「進化型1級遺伝子を持って、良かったと思う? 」
「即答しかねます。仕事に役立つことはありますが、私個人にとっては役に立たないどころか、自由を制限される要因ですから。」

 ダリルは反対に自身の方から質問してみた。

「お子さんはいらっしゃるのですか?」
「3人いますよ。息子ばかり。」

 彼女はニヤリとした。

「3人共、進化型の遺伝子は受け継がなかったようです。所謂、ぼんくらで家業に向かない長男は大学で研究者の道を進んでいます。惑星開発用の農産物の研究です。次男は私の下で経営者になる修行中ですが、まだまだです。人をすぐに信用してしまう甘さが抜けません。三男は反対に思いやりに欠ける男で、やはり我が社で働いていますが、部下の受けが良くなくて頭痛の種です。」
「最初から役員に就けたのではないでしょうね。使いっ走りからさせるべきですよ。」
「ご進言有り難う。」

 セイヤーズ女史はケンウッド長官を振り返った。

「この子が息子だったら良かったわ。」
「お持ち帰りは厳禁です。」

 珍しく冗談を言って、長官はこの個人面談を終わらせた。