2017年1月2日月曜日

誘拐 22

 ドームに帰投すると日付が変わっていた。ケンウッド長官はまだ起きていて、ダリルとポールが帰還したら消毒が済むと直ぐに長官執務室へ来るようにとゲートに伝言が入っていた。それで2人は言いつけ通りに寄り道もせず、真っ直ぐ中央研究所に行った。
 入室すると、長官はまだコンピュータで仕事をしていた。この人は何時眠るのだろうとダリルはちょっと不思議に思った。

「お帰り」

と長官が顔を上げて言った。そしてポールには

「注射がなくても平気だったろう?」

と声を掛けた。ポールは「ええ」と曖昧に答えた。短時間なので雑菌に触れる時間が短かったのだ、と彼は思った。彼の表情が何時もと変わらないので、長官はダリルを見て、目で問いかけた。フラネリー家では何も変わったことはなかったのか、と。
 ダリルはヘリの中で受けたアメリア・ドッティからの連絡内容を告げた。

「23時07分にポール・フラネリー氏は逝去されました。」

 ケンウッド長官は頷き、ポールに向き直ると、「お悔やみ申し上げる」と挨拶した。ポールは何と答えれば良いのかわからず、取り敢えず「有り難うございます」と言った。長官が何も言わないので、それが正しかったのかどうかわからなかった。
 ケンウッド長官も、悲しみを見せないポールに何を言えば良いのか、わからないのだろう。それで、ダリルはドームに注意を払って欲しいと言う意味で、アーシュラにライサンダー・セイヤーズの存在がばれたことを告げた。

「アーシュラが、私達の息子の存在を知ってしまいました。恐らく、私がドッティ夫妻と子供の話をして間なしに、彼女が私に触れ、伝わってしまったのだと思います。アーシュラは動揺したと思いますが、その気配は微塵も見せませんでした。ですが、息子が違法製造のクローンだと知ってしまったはずです。」

 ポールがちょっと驚いた。彼は母にキスをされた時、父は彼を愛していたと伝えられ、少し困惑して、彼女がダリルに何を言ったのか気が付かなかったのだ。
 ケンウッド長官は、ダリルの報告をさほど深刻に受け止めなかった。彼は尋ねた。

「アーシュラは君達に何か、息子の件で言ったのかね?」
「一言、『孫をよろしく』と・・・」
「ああ、それなら、安心だ。」

と長官は言った。

「彼女は身内を困った立場に追い込んだりはしない。次男を盗られたと騒ぎはしたが、それも夫とドームに対して言い立てたに過ぎない。もっとも・・・」

 彼はダリルとポールを見比べて、ニヤリと笑った。

「次は孫に会わせろと騒ぐかも知れないがね。」

 ポールが少し赤くなった。彼の実家は、ドームを困らせる一族らしい。彼は真面目な話題を思い出した。ポケットから大統領から渡された紙を出した。

「長官、大統領が、ドームと現政府に反感を抱くグループのリストをくれました。ドームをコロニーからの侵略だと考える人々です。」
「ふむ・・・」

 ケンウッド長官はその紙を受け取った。不穏分子の存在は既に情報を得ていたのだろう、驚いた様子はなかったが、不愉快極まりない話題には違いない。

「政財界の実力者ばかりだな・・・」
「大統領は、我々の手出し無用と言っています。」

 長官が紙面から目を上げて、ポールを見た。

「地球人の問題は地球政府で解決すると言うのだな?」
「そうです。」
「我々はこれらの人々に繋がる人間に用心せよと言う忠告か。ゴメス少佐とハイネ局長に伝えておこう。」

 彼は溜息をついた。

「フラネリーがドームを出たのは46年前、当然のことながら、私も他の執政官も当時は誰もここにいなかった。だが当時のドーム長官は、フラネリーの政治に対する野心を知って、ドーマーから政治家を出せば何時かドームの為に役立つだろうと期待して、彼を外に出した。それが、彼の息子の代になって、ドームの内と外で連携して働いてくれていると解釈しても良いのかな。」

 ポールが苦笑した。

「しかし、上院議員や大統領に迄昇り詰めるとは予想していなかったでしょうね。」
「確かに・・・恐らく、アーシュラが大いに働いてくれたのだろうよ。」
「彼女は恐いです。」

とダリルが口をはさんだので、ケンウッド長官とポールは顔を見合わせ、笑った。