2017年1月4日水曜日

誘拐 27

 ダリルがポール・レイン・ドーマーの体調異変を報告すると、ローガン・ハイネ・ドーマー局長は大して驚かなかった。来るべき時が来たと言う顔で、頷いただけだ。

「普通は50代後半に飽和を起こす局員が大半だ。レインはこの18年間、無理に注射を打ち続けたから、40そこそこで飽和を起こした。」
「私のせいです・・・」

 ダリルがうなだれると、局長はちょっと笑った。

「誰も君を責めたりしない、セイヤーズ。飽和は遺伝子管理局の人間なら必ず経験する。早いか遅いかの違いだし、若いうちにやっておく方が体の負担が小さくて済む。ワグナーの様に『通過』を20代のうちに進んで済ませてしまう者もいる程だ。
 レインは退院したら、今まで以上に仕事に精を出すかも知れない。行き過ぎがない様に、君がしっかり見張ってセイブしてやってくれ。」
「わかりました。」
「レインが入院中は、副官のワグナーにチーフ代行を命じる。2週間程度だから、ワグナー個人の仕事に大した影響は出ないはずだし、君も助けてやれるだろう?」
「それなんですが・・・」

 ダリルは躊躇ってから、思い切ってシェイの捜索に出たいと申し出た。スカボロ刑事とのやりとりとジェリー・パーカー達の話をすると、局長は反対するだろうと言う予想を裏切り、意外なことに考え込んだ。

「そのシェイと言う女性は、コロニー人だったな?」
「はい、赤ん坊の時に誰かに売り飛ばされたと思われると、聞きました。」
「彼女の卵子を使ってラムゼイはクローンを製造していたのだな?」
「そうです。だから、ラムゼイのクローンは高品質で高値で売れたのです。」
「君の息子も?」
「ええ・・・」
「君とパーカーのクローンも複数?」
「そうです。」
「その子供達の何人かは、既に成人する頃だな?」
「そのはずです。」
「地球人として表舞台で生活する為には、成人登録は欠かせない。違法クローンでも、必ず成人登録申請をしてくる。彼等が表社会で堂々と活躍したいならば・・・」

 局長は何を言いたいのか、ダリルは黙って彼の次の言葉を待った。

「ラムゼイのクローンを購入したのは、富豪ばかりだ。彼等の子供達は親の財産を相続し、事業を引き継ぐ為に必ず成人登録をする。」
「私がわからないのは、富豪達は女性を得られる権利を持つのに、何故クローンを発注するのか、と言うことです。」
「話の腰を折るな。」
「すみません・・・」
「金持ちがクローンを欲しがるのは、純粋な己の血統を残したいが為だ。」
「成る程・・・」
「話を戻して良いか?」
「はい・・・」
「君が言う通り、富豪には妻との間の子供もいるし、他のメーカーに手によるクローンもいるはずだ。だから、ラムゼイのクローンの特定をする為には、ジェネシスの卵子情報が必要だ。父親の特定はほぼ可能だが、母親の特定もしておきたい。何故なら、そのシェイと言う女性の卵子を使ったクローンは、女性を生める可能性が高いからだ。
 もしシェイの『子供』が登録を申請してくれば、その生殖細胞を少々戴いて女性を生む研究に役立てられる。」

 局長はダリルを見据えた。

「シェイを保護しなければならない。しかし、君が確認に行く、と言うのは、どう言う根拠からだ?」
「連邦捜査局が捕まえている証人達の協力が得られそうにないからです。それに、もし件の女性がシェイなら、当局が接触すれば逃亡するかも知れません。私は、息子と似ています。シェイが私の息子を覚えていたら、会ってくれるかも知れません。」
「あかの他人だったら?」
「私は手ぶらで即刻帰って来ます。」

 局長は1分ほど考えてから、時計を見た。

「そのセント・アイブスの刑事に今、連絡を取れるか?」
「出来ます。」
「女性が働いていると言う食堂の具体的な場所を聞け。」