2017年1月23日月曜日

訪問者 13

「起きなさい、セイヤーズ・・・」

 誰かが優しい声を掛けながら肩を揺すった。ダリルは反射的に体を仰向けにして声がした方へ拳骨を突き出した。「おっと!」と声がして、彼の拳骨は大きな温かい手に包み止められた。

「レインが君を起こすのを嫌がる訳だな・・・」

 ダリルは覚醒した。目を開くと、目の前にケンウッド長官が立っており、彼の手を掴んでいた。ダリルは目を動かして周囲を見た。検体採取室だ。彼が上体を起こしたので、長官が彼の手を離して少し後ろに退いた。既にセレブの女は消えていた。

「気分は悪くないか?」
「いいえ・・・今何時です?」
「午前4時だ。起こす様な時間ではないが、アパートで休ませたかったのでな。」

 ダリルはまだ産まれたままの姿なのに気が付いた。検査着を捜しかけると、長官が彼が着てきた服を渡してくれた。服を身につけている間、ケンウッドは壁を見ていた。着衣が終わる頃に、彼は言った。

「コロニー人の身勝手を許してくれ。」
「許す? 何をです?」

 ダリルは頭の中がまだすっきりしない気分だった。只の疲労なのか、それとも思考がまとまらないだけなのか。

「君の意思を確認してから決めなければならないことを、評議会が勝手に決めてしまった。」
「ドームがいつもやっていることを、あの女性が1人でしただけでしょう。」

言ってしまってから、ダリルは後悔した。ドームがしていることは、地球人の未来の為の研究だ。しかし、昨夜の出来事は、1人のセレブの女が自前の子孫が不出来なので自身のクローンが産んだ子供を父親にして新しい子孫を創ろうとしただけだ。ドームの事業と金持ちの我が儘を同じ次元で考えてはならない。
 謝ろうと振り返って、ダリルは愕然とした。ケンウッド長官はげっそりとやつれていた。頬には無精髭を生やし、目は寝不足で赤かった。長官はダリルを金で売ってしまった委員会の一員として、後悔し悩んでいるのだ。

 この人は、私を売るまいとして抵抗してくれたのだ。

 ダリルは長官に近づき、肩に手を掛けた。

「ドーマーの役目は子孫を残すことでしょう。あの女性が個人的に私を利用しただけです。どうか気に病まないで下さい。それに、私はそれなりに楽しみましたから。」

 快楽に浸ったのは事実だった。アリス・ローズマリーは上手にリードしてくれたのだ。男は快感がなければ役に立たないから。ダリルは3回絶頂に達して最後は意識を失ってしまった。

「君は優しいなぁ」

とケンウッド長官が呟いた。

「セイヤーズ女史が息子に欲しがるのも無理はないだろう。」
「私は彼女の役に立ったのでしょうか?」
「さて・・・受精はまだだろうし、受精に成功したとして着床まで12,3日はかかる。結果が出るのは彼女がコロニーに帰ってからだな。」
「もし失敗したら?」
「2度目はない。そう言う約束だ。」

 長官がきっぱりと言い、ダリルは安心した。