2017年1月24日火曜日

訪問者 14

 ダリルは中央研究所を出た。外気はひやりと冷たかった。ドーム内の気候は年中安定しているのだが、夜は日光がないのでやはり気温は低下する。その冷たさでダリルは頭を冷やした。長官は今日は休むようにと言ってくれたが、上司はこの件を承知しているのだろうか? そして冷静さを取り戻してくると逆に腹が立ってきた。
 アリス・ローズマリー・セイヤーズは彼の子種に莫大な金を払った。ケンウッド長官によると、アメリカ・ドームが現在有している全ドーマーを10年間養える金額だと言う。だから地球人類復活委員会は法を曲げて彼女にダリルを抱かせた。ダリルがどう思おうと関係ない。遺伝子レベルから見て明らかに近親相姦になるのに、それも無視した。

 軽ジェット機1機分以上の価値の息子を創った私は、子種以外は値打ちがないんだな・・・

 酷く空しくなってきた。本当に仕事を休みたくなった。体の疲れより鬱になりそうだ。
アパートには既に灯りが点っている部屋がいくつかあった。勤務シフトで早起きしている者や夜勤明けで帰宅した者の部屋だろう。妻帯者用のアパートも何軒か起きている。「妻帯者」と言っても、女性ドーマーは非常に数が少ないので、実は多くのカップルはダリルとポールの様に同性カップルだ。ドームはある一定の年齢に達して職務に励んでいる者にカップルになる許可を与える。若いうちに与えないのは、若さから来る性急さで争いが起きるのを避けるためだ。
 殆どのドーマー達は異性を知らないまま一生を終える。ダリルは幸運と言えるかも知れない。しかし・・・

 初めての相手は好きな女ではなかった・・・

 こんなことなら、多少強引でもラナ・ゴーンと経験しておけば良かった、と彼は唇を噛んだ。昨夜のことを副長官は知っているのだろうか。彼女も金額を聞かされて沈黙させられたのだろうか。
 アパートの通路では幸い誰とも出くわさなかった。自宅のドアを静かに開き、部屋に入ると、まっすぐバスルームに向かった。午前4時半を過ぎていた。シャワーを浴びてセレブの女の匂いを洗い流した。着ていた服は全部洗濯用シュートに放り込んだ。
 寝室に入った。ポールはまだ眠っていた。5時には起床して日課のジョギングに出かけるはずだ。ダリルは足音を忍ばせてクローゼットに行き、下着だけ身につけるとベッドに潜り込もうとした。背後から声を掛けられた。

「こっちの方が温かいぞ。」

 振り返ると先刻ベッドの真ん中に居たポールが壁際へ体を寄せていた。ダリルは躊躇わずに誘いに応じた。蒲団の中に入ると、急激に睡魔が襲ってきた。彼は赤ん坊の頃から親しんだ親友で恋人でもある人の香りに包まれて眠りに落ちた。