2017年1月25日水曜日

訪問者 15

 ポール・レイン・ドーマーはダリルが帰宅した気配で目が覚めた。恋人がシャワーを浴びて寝室に入ってきた時に、かなり疲労していることもわかった。だから、冷たいベッドより自身の体温で暖まったベッドに誘うと、ダリルは素直に入って来た。そして直ぐに眠ってしまった。
 睡眠中は接触テレパスは使えない。相手の夢しか感じないので、こちらの頭が混乱するだけだ。ポールはダリルを優しく抱いて髪を撫でていた。
 恋人の身に起きた出来事は、既にローガン・ハイネ局長から聞かされていた。本来ならば当事者以外口外無用とケンウッド長官は委員会から言われていたのだが、彼は敢えてハイネ局長に伝え、ポールにも言い聞かせておくよう頼んだ。どんなに沈黙しても接触テレパスのポールはダリルの肌を通して知ってしまう。感情的にならないよう、先んじて理詰めで納得させておいたのだ。局長に伝えたのは他でもない、ローガン・ハイネが遺伝子管理局のドーマー達の「父親」だからだ。ドームが局員の誰かに何かをすれば、必ず局長に知らせておく。それが信頼関係を守る為の暗黙の了解だった。

「セイヤーズはやっと一人前の男になる。それに、彼は遺伝子を元の人間に戻してやっただけだ。そう割り切って考えたまえ。」

と局長は電話でポールに言った。

「本人には不本意な状況だろうが、こちらは金以外にも良い結果を得られる。」
「何でしょう?」

 ポールは恋人が男娼扱いされている様な気がして不満だったので、ちょっと反抗的な口調で質問した。

「セイヤーズがコロニー人を喜ばせることが、我々の利益になるのですか?」
「利益ではないが・・・」

 局長はニヤリとしたと思われる雰囲気を声に滲ませた。

「厄介払いが出来る。」
「厄介払い?」
「夜が明ければわかる。」

 ポールはいつもの時刻に起床した。ダリルはそのまま寝かせておいて、着替えてジョギングに出た。早朝でもドームは既に活動している。主要施設の出産区は明け方の出産が多くて大忙しの時刻だ。難産があれば、大騒ぎになる。母親と子供の両方を救う為に、スタッフが駆け回る。
 ポールは運動施設の周囲を2周走り、3周目の終わりに前方を歩く男を認めて速度を落とした。追いつきたくなかったのだ。クロワゼット大尉だ。運動着姿でジムへ入っていった。ポールは嫌な予感がして、そっと後ろをついて行った。
 ジムの中では保安課の隊員達が準備運動を終えてロッカールームへ引き揚げて行くところだった。クロワゼットは彼等を無視して格闘技場へ向かっていた。ポールはそちらへ視線を向けて、1人の男性が拳法の技を練習しているのを見た。白い髪を波打たせ艶のある筋肉質の体を輝かせながら力強く四肢を動かしている。

 俺の上司は本当に美しい!

 ローガン・ハイネ・ドーマーが100歳を越える年齢とは信じられぬ若い肉体を鍛えているところだった。ハイネ局長は若い者達が萎縮したり遠慮しないよう、日中を避けて早朝に運動するのだ。
 クロワゼット大尉が局長に近づいて行くのが見えた。

 これはいかん!

 ポールは不良軍人がコロニーでも人気が高いハイネにちょっかいを出そうとしていることを察した。局長は気が付いていない。ポールは声を掛けた。

「おはようございます、局長。お早いですね!」

 クロワゼットが立ち止まり、振り返った。局長も動きを止めて部下を見た。

「おはよう、レイン。もう君が走る時刻なのか。」
「レイン?」

 クロワゼットが目を見張った。

「あのスキンヘッドの『美人』なのか?!」

 髪の毛があるポールを見て、驚いていた。ポールはクロワゼットが自分に注意を向けた隙に局長に消えてもらいたかった。クロワゼットごときくだらぬ男に、ドームのスターが相手をする必要はない。しかし、局長は複雑な表情を一瞬浮かべ、ポールに言った。

「そろそろ打ち合わせの時間だろう、レイン。」
「局長も・・・」

 ドーマー達に無視されていることも気にせずに、クロワゼット大尉はポールに近づこうとした。2年前にキスを奪ったドーマーが髪を伸ばして美しさを増している。
 その時だった。

「ポール、情報管理室から緊急の呼び出しだ!」