2017年1月14日土曜日

誘拐 37

 ダリルはアパートに帰ると書斎で報告書を作成した。休めと言われていたが、まだ寝るには早かったし、テレビは面白い番組がなかった。明日はオフィスに出てクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーを助けなければならない。
 報告書が出来上がって局長のコンピュータに送信すると、急に空腹を覚えた。考えたら朝食べたきりで、昼食もお八つも取っていなかった。キッチンに行って冷蔵庫を覗くと、水以外入っていなかった。思わず愚痴が出た。

「馬鹿ポール、卵ぐらい入れておけ!」

 居ない相手に愚痴っても仕方が無い。時計を見ると、食事時で食堂が混雑する時刻だった。後2時間は待たねばならない。ダリルは車椅子で目立ちたくなかった。ドーマーで杖や車椅子を使用する者は高齢者だけだ。若い彼が車椅子を使っているのを見れば、誰でも彼が負傷したとわかる。すぐに噂になって明日の朝にはドーム中が彼の災難を知ってしまうだろう。空腹では眠れない。
 何か気を紛らわせるものはないかと考えていると、ドアチャイムが鳴った。壁にスクリーンが現れて、訪問者を映し出した。ドレッドヘアの男がカメラ目線で変顔をしていた。
ダリルは吹き出し、ドアを開けた。

「食堂が混んでるんで、ここで晩飯食っても良いですか?」

 クロエル・ドーマーが食堂で購入したテイクアウトの料理が入った袋を見せた。ダリルは笑った。クロエルが知っていると言うことは、既に噂が広まっていると思って良かろう。

「完品? それとも未完品?」
「未完。キッチン借りますよ。」

 食堂では2種類のテイクアウトを売ってくれる。アパートで温めたり冷やしたりしてすぐ食べられる完品と、下ごしらえした材料と調味料のセットで料理する気分が味わえる未完品だ。ダリル同様クロエルも自分で作りたい派だった。
 20分の我慢の後で、茹でた野菜に融けたチーズをかけて食べる簡単な食べ物が食卓に上った。疲れたダリルには丁度良い料理だ。

「今朝は大活躍だったんですね。」
「そうじゃないよ、大手柄を立てたのは、航空班のゴールドスミス・ドーマーだ。私は予想外にグリソムと出遭って、光線銃の発射角度を間違えてグリソムをパニックに陥らせ、想定外の跳ね弾に当たって怪我をしただけさ。」
「航空班はゴールドスミス・ドーマーの手柄を宣伝するつもりはない様です。彼等は常に外にいますからね、悪い連中が沢山いる世間に名前を売りたくないんですよ。」
「でも、ゴールドスミス・ドーマーには何か褒美があるだろう?」
「そりゃ、何かあるでしょう。もっとも、航空班の班長はケンウッド長官に叱られたみたいです。」

 ダリルは驚いた。

「何故?」

 するとクロエル・ドーマーは長官の物真似をした。

「重力がある空中を飛ぶのも危険なのに、ドーマーを悪党の逮捕みたいなもっと危険な行為に関わりを持たせるとは、何事だ!」

 ダリルは大笑いした。

「でも・・・ゴールドスミス・ドーマーは私を助けようとしただけなのに・・・」
「あの長官はねぇ、地球上の犯罪なんてどーでも良いんです。可愛いドーマー達が平穏無事に毎日過ごしてくれたら文句はないって言う人なんですよ。」
「ああ・・・しかし、これでまた私の航空免許取得は遠のくなぁ・・・」
「そうですか? 僕ちゃんは、航空班が自分とこのパイロットを守る為に貴方に免許を与えると思いますけどぉ?」

 食事が終わると、流石に疲れがドッと押し寄せてきた。クロエルがキッチンを片付けて彼を寝室に連れて行った。

「歩けない訳じゃないんだよ。脚に負担を掛けるなと言われているだけで・・・」
「わかってます。お手洗いは自分で行って下さいね。僕ちゃん、今夜はここにお泊まりするつもりで来てますから。」
「え? 泊まるの?」
「小部屋があるっしょ?」
「うん。でも、寝具の準備をしていないから・・・」
「毛布さえあれば大丈夫。僕ちゃん、勤務中はジャングルの木の上や地べたで寝てるんですよ。」

 クロエルは慣れた手つきでダリルの体を車椅子からベッドへ移した。 ダリルは彼に甘えることにした。これは浮気ではない。介護されるだけなのだ。

「グリソムの逮捕で、モア兄弟が落ちかけているそうです。」

 クロエルが、中部支局からの情報をそっと告げた。