2017年1月28日土曜日

訪問者 20

 ポール・レイン・ドーマーは情報管理室の係官達に4通の許可申請書のことを口外せぬよう固く約束させた。彼等はドームのアイドルである彼と握手するだけで約束してくれた。

 お気楽な連中だ。ライサンダーの書類を只の悪戯だと思っている。

 ポールは急いでアパートに帰った。シャワーを浴びて運動着をスーツに着替え、朝食会に出なければならない。部屋に入ると、一足先に戻っていたダリルがバスルームから出て来たところだった。誰もいないと油断して下着1枚だけの姿だった。一瞬、ポールは彼の肉体の美しさに見とれて立ち止まった。ダリルは気づかなかった。

「先に使わせてもらったよ。私も午前中はオフィスで仕事をするから、先に朝食会に行っている。」

 ポールは「ああ」と応えた。書類は背中に隠して、そのままバスルームに滑り込んだ。
遺伝子管理局にとって朝食会は打ち合わせ会だ。以前はポールはファンクラブに捕まって欠席することが多かったが、ダリルと同居を始めてからは、ドーム内に居る日は必ず出席する。だから副官のクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーは妻とゆっくり朝食が取れるようになった。
 ノータイでテーブルに着くと、ダリルが直ぐにその日の局員全員の予定を諳んじた。ポールは4通の書類を入れた書類入れの中からネクタイを出して首に引っかけた。結ばずに食事を先にする。
 ダリルの読み上げが終了すると、部下達から質問や提案がある。ポールは秘書のダリルに大方を任せておく。最後に彼が頷けば質疑応答は完了だ。
 最後に彼自身が提案した。

「今日の午後、俺はニューポートランドへ行く。ちょいとした野暮用だが、『飽和』の後の初出動だ。近場で体を慣らして来るつもりだ。」
「1人で行くなよ。誰かを同伴しろ。」

とダリルが忠告した。勿論、ポールはそのつもりだったので、一番遠くの席に座ってパンケーキにシロップを掛けていたロイ・ヒギンズ囮捜査官に声を掛けた。

「ヒギンズ、一緒に行ってくれないか? たまには北部へ出かけるのも気分転換になるぞ。」

 ヒギンズを誘ったのは、ドーマーではないからだ。ライサンダーの件はまだダリルの耳に入れたくない。だから、ドーマー達にも知られたくなかった。ライサンダーがどんな暮らしをしているのか確かめてからでなければ、ダリルに教えたくなかったのだ。
 ヒギンズは少し躊躇ってから、言った。

「そのことですが、昨夜連邦捜査局から連絡があって、そろそろ囮捜査を打ち切る準備に入れと命じられました。セイヤーズがニコライ・グリソムを捕まえたので、FOKの実態解明にめどが付いたからです。ニューポートランド行きをきっかけにローズタウンやセント・アイブスから姿を消す機会にしても良いでしょうか?」

 ポールは数秒黙って考えてから、頷いた。

「そうだな・・・担当地区異動と言う形で消えてもらうか。遺伝子管理局の担当者がいきなり異動するのは珍しいことじゃない。挨拶無しでかまわないから、今日から異動と言うことにしておこう。ジョン・ケリー、君も今日は一緒に来てくれ。運転手をさせてやる。」

 ケリーは喜んだ。

「ポートランドって、ロブスターが有名でしたよね?」
「昼飯を済ませてから出かけて、晩飯前に帰って来るんだ。」
「えーーっ!」

 仲間に笑われて、ケリーがしょぼんとしたので、ポールは慰めた。

「時間が空けば、どこかの店に入ろう。但し、自腹で頼むぞ。君に奢れば、他の局員にも順番に奢るはめになるからな。」