ドームの中で暮らしていると、四季がないので季節の移ろいが余り感じられない。日照時間が長いか短いかでドーマー達は夏だなぁとか冬が来たなぁと思う程度だ。宗教的行事もないので、コロニー人達はせめてものメリハリに、新年の始まりと、春分秋分、冬至と夏至にちょっとした行事を行う。宇宙にはないので、コロニー人達にも楽しみなのだ。
春分祭は、ドーマー達が一番楽しみにしている年中行事だ。これは別名、「女装祭」と呼ばれている。女装するのは、コロニー人の男性達だ。普段コロニー人達に「見られている」ドーマー達が、彼等を品評して、誰が一番美人なのか、投票する。このドームのお祭りは宇宙でも案外評判になっていて、これに参加する為にわざわざドーム見学申請を出してやって来るコロニー人もいる程だ。その為に、地球上にあるドーム、アメリカ、西ユーラシア、中央ユーラシア、東ユーラシア、東南アジア、オセアニア、アフリカ、それにシベリア分室と南米分室はいつにも増して大忙しになる。ドームを運営する「地球人類復活委員会」としては、資金集めの絶好の機会なので、宇宙へテレビ中継を許している。(地球では放送出来ない。取り替え子の秘密を守らねばならないからだ。)女装大会をテレビで見て、宇宙で暮らす人々は、ドーマーと呼ばれる地球人も見ることになる。
だから、宇宙にもポール・レイン・ドーマーを始めとする美しいドーマー達のファンが大勢いるのだ・・・。
ドームで働くコロニー人、執政官達は、自分達がドーマーの身近にいることを誇りに思い、自慢するのだ。
しかし、今年の春分祭にポールはカメラの前に出てこなかった。前年度迄は、ファンクラブの執政官達に無理矢理引っ張り出されていたのだが、今年は言いなりにならない。もう2度と言いなりにならない。最愛の人を取り戻したので、彼は彼自身の誇りも取り戻していた。
祭りの日、ポール・レイン・ドーマーはダリル・セイヤーズ・ドーマーとオフィスに籠もっていた。仕事のシフトを考えると、外の支局巡りに出ても良い頃合いだったが、彼はダリルがテレビクルーに捕まるのを恐れて、ドームに居残った。恋人を宇宙に曝したくなかったのだ。「伝説のポールの恋人」は、宇宙のポールのファン達の関心を集めている。
それに、髪を伸ばしたポール自身がカメラの前に出たくなかった。
ハロルドと俺の関係がばれるじゃないか・・・
オフィスで飲食をしない主義だが、この日ばかりは2人共弁当持参だった。
ダリルは18年ぶりの春分祭が楽しみだったので、ちょっと不満が残った。仕事をするのは良いが、午後は手が空く。ネットで女装大会を見るだけと言うのは、なんともつまらない。投票もネットだ。日頃保護者目線でドーマー達を見ている執政官達を直接からかえないのだから、つまらない。もっとも、ポールが一番恐れているのが、それだった。ダリルは悪戯が好きな子供だったから、祭りとなれば、絶対に何かやらかす。ポールは彼に目立って欲しくないのだ。
「大人しくしているから、ちょっと出かけても良いだろう?」
「駄目だ。」
「ドーマーの群れの中に埋没しているから・・・」
「駄目!」
ネットの画面では、女装したケンウッド長官がインタビューを受けていた。あの真面目な長官が、付け睫にアイシャドウ、頬紅、口紅、それにウィッグで「ハイジ」になっている。ダリルは生で見たいなぁと思いつつ、別の画面の書類に目を通した。
第3の画面は別のカメラがローガン・ハイネ・ドーマーを追いかけていた。局長は当然女装などしていない。ただ食堂へ昼食に出かけただけなのだが、目敏く発見されてしまった。歳を取ってもなお美しいドーマーを、コロニー人達が熱烈に愛しているのが、カメラマンの熱心さで伝わってくる。
長官のインタビューを終えたカメラが、何かを見つけた。カメラマンが走って行った先に、アナトリー・ギルとその仲間達が居た。白い制服姿で、どうやら20世紀の女子高生姿らしい。何故時代がかった衣装を? と問われて、古典文学の主人公が好きだから、と答えていた。
ハイネ局長を追いかけていたカメラは、また次のドーマーを見つけた。どうやらこちらのカメラはドーマー専門に追いかけをしている様だ。突然、画面いっぱいに黒い顔が現れ、ダリルはびっくりした。カメラマンも一瞬腰が引けた様だ。クロエル・ドーマーが宇宙に向けてアッカンベーをして見せた。
「これは、コロニー人の女装を見るお祭りなの! 地球人を撮るんじゃないわよ!」
とクロエルは女性風に発音してカメラマンを威嚇した。
「クロエル・ドーマー・・・」
とカメラマンは恐る恐る声を掛けた。
「貴方は、今回、誰が優勝すると思いますか?」
「優勝? そうねぇ・・・僕ちゃんはゴメス少佐に1票!」
「あの・・・保安課は女装していませんが・・・?」
「馬鹿ねぇ、保安課は地球人よ。ゴメス少佐だけが、コロニー人なの!」
ダリルはポールを振り返った。
「テレビクルーはクロエルの名を知っているのか?」
「当然だろう、毎年彼はああやってカメラマンをからかっているんだ。女装したコロニー人より目立つから、すっかり有名人だ。」
クロエルは部下の抗原注射効力切れ休暇に合わせているのか、この日は私服だった。言うまでも無く、ど派手な服装で、ドレッドヘアにはこれまた色鮮やかな布を編み込んである。まるでファッションモデルみたいな出で立ちだ。早速カメラは彼の服装を上から下迄じっくり撮影してしまう。
「確かに、彼は綺麗だし、カッコいい。」
ダリルは「有名人」と言う言葉に納得した。ラナ・ゴーンが昔幼かったクロエルを見つけて養子にしたがったのだが、もし許可が下りていたら、今頃宇宙で芸能界入りしていたかも知れない。
するとポールがこんなことを言った。
「彼が目立つ行動を取るのは、副長官が裏で焚きつけているせいもある。」
「ラナ・ゴーンが?」
「ああやって、宇宙に散らばっている彼の母方の部族の子孫が反応するのを待っているんだ、彼女は。つまり、クロエルに嫁さん募集って宣伝させているのさ。」
「地球で貴女の部族のハンサムな王子様が待っているぞ、と言う訳か。しかし、関係ない部族や人種の候補の方が多いだろうな。」
「ギルが言っていたが、宇宙各所からドーマー宛に来るファンレターは全部『地球人類復活委員会』が一括で受け取って、内容を見て、処分するそうだ。」
「ドーマーには見せないのか?」
「見せてどうなる? 宇宙で賞賛されるより、地球で女の子を追いかける方が、ドーマーは楽しいんだ。」
「そう言えばそうだ。」
「君は投票を済ませたのか?」
「うう・・・まだ決まらないんだ。君は?」
「俺は毎年トニー小父さんに入れる。」
「トニー小父さんはもういないだろ?」
「他に入れたいヤツはいないから。」
トニー小父さんはダリル達を育てた養育係のコロニー人だ。ドーマー達が少年期を終える頃に、宇宙に帰ってしまい、それっきりだ。消息すら教えてもらえない。養育係の多くが、育てた子供達と別れるのが辛くて、そっと去って行く。そして2度と地球へ来ない。連絡先をドーマー達に教えたりもしない。
ドーマーは地球人だから、地球に返す。コロニー人の親が居てはいけないのだ。
それが養育係達のモットーだ。しかし、ドーマー達は不満だった。ネット通信で電話ぐらいさせてくれたら良いのに、とみんなが思っている。コロニー人側の方針がどうあれ、ドーマー達の親は養育係しかいないのだから。
ダリルはポールが部屋のメンバーの中では一番トニー小父さんに懐いていたことを思い出した。ポールはダリルと一緒にいない時は、殆どトニー小父さんにつきまとっていた。甘えん坊なのだ。
ダリルは、画面を見た。
「私は、ケンウッドに入れるよ。すごーくひねくれたハイジが気に入ったから。」
春分祭は、ドーマー達が一番楽しみにしている年中行事だ。これは別名、「女装祭」と呼ばれている。女装するのは、コロニー人の男性達だ。普段コロニー人達に「見られている」ドーマー達が、彼等を品評して、誰が一番美人なのか、投票する。このドームのお祭りは宇宙でも案外評判になっていて、これに参加する為にわざわざドーム見学申請を出してやって来るコロニー人もいる程だ。その為に、地球上にあるドーム、アメリカ、西ユーラシア、中央ユーラシア、東ユーラシア、東南アジア、オセアニア、アフリカ、それにシベリア分室と南米分室はいつにも増して大忙しになる。ドームを運営する「地球人類復活委員会」としては、資金集めの絶好の機会なので、宇宙へテレビ中継を許している。(地球では放送出来ない。取り替え子の秘密を守らねばならないからだ。)女装大会をテレビで見て、宇宙で暮らす人々は、ドーマーと呼ばれる地球人も見ることになる。
だから、宇宙にもポール・レイン・ドーマーを始めとする美しいドーマー達のファンが大勢いるのだ・・・。
ドームで働くコロニー人、執政官達は、自分達がドーマーの身近にいることを誇りに思い、自慢するのだ。
しかし、今年の春分祭にポールはカメラの前に出てこなかった。前年度迄は、ファンクラブの執政官達に無理矢理引っ張り出されていたのだが、今年は言いなりにならない。もう2度と言いなりにならない。最愛の人を取り戻したので、彼は彼自身の誇りも取り戻していた。
祭りの日、ポール・レイン・ドーマーはダリル・セイヤーズ・ドーマーとオフィスに籠もっていた。仕事のシフトを考えると、外の支局巡りに出ても良い頃合いだったが、彼はダリルがテレビクルーに捕まるのを恐れて、ドームに居残った。恋人を宇宙に曝したくなかったのだ。「伝説のポールの恋人」は、宇宙のポールのファン達の関心を集めている。
それに、髪を伸ばしたポール自身がカメラの前に出たくなかった。
ハロルドと俺の関係がばれるじゃないか・・・
オフィスで飲食をしない主義だが、この日ばかりは2人共弁当持参だった。
ダリルは18年ぶりの春分祭が楽しみだったので、ちょっと不満が残った。仕事をするのは良いが、午後は手が空く。ネットで女装大会を見るだけと言うのは、なんともつまらない。投票もネットだ。日頃保護者目線でドーマー達を見ている執政官達を直接からかえないのだから、つまらない。もっとも、ポールが一番恐れているのが、それだった。ダリルは悪戯が好きな子供だったから、祭りとなれば、絶対に何かやらかす。ポールは彼に目立って欲しくないのだ。
「大人しくしているから、ちょっと出かけても良いだろう?」
「駄目だ。」
「ドーマーの群れの中に埋没しているから・・・」
「駄目!」
ネットの画面では、女装したケンウッド長官がインタビューを受けていた。あの真面目な長官が、付け睫にアイシャドウ、頬紅、口紅、それにウィッグで「ハイジ」になっている。ダリルは生で見たいなぁと思いつつ、別の画面の書類に目を通した。
第3の画面は別のカメラがローガン・ハイネ・ドーマーを追いかけていた。局長は当然女装などしていない。ただ食堂へ昼食に出かけただけなのだが、目敏く発見されてしまった。歳を取ってもなお美しいドーマーを、コロニー人達が熱烈に愛しているのが、カメラマンの熱心さで伝わってくる。
長官のインタビューを終えたカメラが、何かを見つけた。カメラマンが走って行った先に、アナトリー・ギルとその仲間達が居た。白い制服姿で、どうやら20世紀の女子高生姿らしい。何故時代がかった衣装を? と問われて、古典文学の主人公が好きだから、と答えていた。
ハイネ局長を追いかけていたカメラは、また次のドーマーを見つけた。どうやらこちらのカメラはドーマー専門に追いかけをしている様だ。突然、画面いっぱいに黒い顔が現れ、ダリルはびっくりした。カメラマンも一瞬腰が引けた様だ。クロエル・ドーマーが宇宙に向けてアッカンベーをして見せた。
「これは、コロニー人の女装を見るお祭りなの! 地球人を撮るんじゃないわよ!」
とクロエルは女性風に発音してカメラマンを威嚇した。
「クロエル・ドーマー・・・」
とカメラマンは恐る恐る声を掛けた。
「貴方は、今回、誰が優勝すると思いますか?」
「優勝? そうねぇ・・・僕ちゃんはゴメス少佐に1票!」
「あの・・・保安課は女装していませんが・・・?」
「馬鹿ねぇ、保安課は地球人よ。ゴメス少佐だけが、コロニー人なの!」
ダリルはポールを振り返った。
「テレビクルーはクロエルの名を知っているのか?」
「当然だろう、毎年彼はああやってカメラマンをからかっているんだ。女装したコロニー人より目立つから、すっかり有名人だ。」
クロエルは部下の抗原注射効力切れ休暇に合わせているのか、この日は私服だった。言うまでも無く、ど派手な服装で、ドレッドヘアにはこれまた色鮮やかな布を編み込んである。まるでファッションモデルみたいな出で立ちだ。早速カメラは彼の服装を上から下迄じっくり撮影してしまう。
「確かに、彼は綺麗だし、カッコいい。」
ダリルは「有名人」と言う言葉に納得した。ラナ・ゴーンが昔幼かったクロエルを見つけて養子にしたがったのだが、もし許可が下りていたら、今頃宇宙で芸能界入りしていたかも知れない。
するとポールがこんなことを言った。
「彼が目立つ行動を取るのは、副長官が裏で焚きつけているせいもある。」
「ラナ・ゴーンが?」
「ああやって、宇宙に散らばっている彼の母方の部族の子孫が反応するのを待っているんだ、彼女は。つまり、クロエルに嫁さん募集って宣伝させているのさ。」
「地球で貴女の部族のハンサムな王子様が待っているぞ、と言う訳か。しかし、関係ない部族や人種の候補の方が多いだろうな。」
「ギルが言っていたが、宇宙各所からドーマー宛に来るファンレターは全部『地球人類復活委員会』が一括で受け取って、内容を見て、処分するそうだ。」
「ドーマーには見せないのか?」
「見せてどうなる? 宇宙で賞賛されるより、地球で女の子を追いかける方が、ドーマーは楽しいんだ。」
「そう言えばそうだ。」
「君は投票を済ませたのか?」
「うう・・・まだ決まらないんだ。君は?」
「俺は毎年トニー小父さんに入れる。」
「トニー小父さんはもういないだろ?」
「他に入れたいヤツはいないから。」
トニー小父さんはダリル達を育てた養育係のコロニー人だ。ドーマー達が少年期を終える頃に、宇宙に帰ってしまい、それっきりだ。消息すら教えてもらえない。養育係の多くが、育てた子供達と別れるのが辛くて、そっと去って行く。そして2度と地球へ来ない。連絡先をドーマー達に教えたりもしない。
ドーマーは地球人だから、地球に返す。コロニー人の親が居てはいけないのだ。
それが養育係達のモットーだ。しかし、ドーマー達は不満だった。ネット通信で電話ぐらいさせてくれたら良いのに、とみんなが思っている。コロニー人側の方針がどうあれ、ドーマー達の親は養育係しかいないのだから。
ダリルはポールが部屋のメンバーの中では一番トニー小父さんに懐いていたことを思い出した。ポールはダリルと一緒にいない時は、殆どトニー小父さんにつきまとっていた。甘えん坊なのだ。
ダリルは、画面を見た。
「私は、ケンウッドに入れるよ。すごーくひねくれたハイジが気に入ったから。」