2017年1月9日月曜日

誘拐 32

 静音ヘリの操縦士は、マイケル・ゴールドスミス・ドーマーと言った。彼はダリル・セイヤーズ・ドーマーをリトル・セーラムの道路に降ろした後、出張所にも支局にもドームにも戻らなかった。リトル・セーラムから少し離れた林の外れに着陸して、ダリルが呼ぶのを待っていた。出張所に戻って呼び出しを待つより合理的だと思ったのだ。ヘリの姿は藪や立ち木で道路からは見えなくなっていたが、ヘリからは木々の間から道路が見えた。
道路は寂れていて、ダリルが降りた直後に通過したトラック以外は1台も車は通らなかった。だから、マイケルは思ったのだ。

 遺伝子管理局が出かける様な案件がある場所とは思えない。

 彼がヘリのエンジンを始動しようとした時、出張所のリュック・ニュカネン元ドーマーから電話が掛かってきた。

「ヘリコプター、今どこに居る?」

 マイケルはムッとした。自分の名前はヘリコプターではない。

「リトル・セーラムの近くの林の外れだ。」
「遺伝子管理局の男はまだ町に居るのか?」
「その様だな。」
「直ぐに迎えに行ってくれないか? 私も支局からヘリが到着次第、そちらに向かう。敵の罠の可能性があるので、気をつけてくれ。」
「了解。」
「セイヤーズは撃ち合いをしている様子だ。」
「それを先に言え!」

 マイケルは電話を切ると、エンジンを始動させた。ヘリは静かに上昇し、1分もたたないうちにリトル・セーラムの上空に到達した。上空から見渡す限り、町に接近してくる車はいない。
 マイケルは生体センサーで道路の両側の家並みを探査した。一軒の建物の中に、人間と思える生体反応が4体検知された。

 1対3か・・・厄介だな。

 すると、件の建物の道路に面した窓が青白く光った。

 爆発か?

 マイケルはヘリを建物の上から向かいの並びの上空へ移動させた。建物内の光はすぐ収まった。ドアが内側から押し開けられ、1人の男が転がり出て来た。セイヤーズではない。片手に自動小銃を持っていた。マイケルは高度を上げた。男がヘリに気が付いて銃を向けたからだ。

 そこからじゃ、届かないぜ。

 男は走り出した。動きがぎこちないのは、怪我でもしているのだろうか。エネルギースタンドに駐まっているトラックに走り、乗り込もうとした。
 マイケルは、その男を逃がしてはいけないと感じた。トラックが動く前に足止めしなければ。静音ヘリには、地球人が使うヘリには搭載されていない武器が装備されていた。
マイケルは、照準を定め、スイッチを押した。
 ヘリから光の球体が発射され、トラックに撃ち込まれた。トラックの車体が青白い光の網に包まれた。火花と白煙がトラックのエンジンルームから上がった。
 走行不能となったトラックから、男が出ようとしてドアを開けた。マイケルはヘリの操縦席で呟いた。

「馬鹿、出るな、痺れるぞ。」

 男は手に強烈な痛みを覚え、車内に戻った。
 マイケルは少し旋回して、道路に着陸した。エンジンを止め、機外に出ると、トラックを眺め、それから男が出て来た建物を見た。ドライブインの様だ。彼は遺伝子管理局の男を呼んでみた。

「セイヤーズ、生きているのか?」

 返事があった。

「生きている。ちょっと問題があって、歩けないんだ。」