2017年1月11日水曜日

誘拐 35

 その日の夕刻にアップされたパパラッチサイトには、感動のシーンが撮されていた。ジェリー・パーカーとシェイがゲートからドームに入った所で抱き合っている画像だ。シェイは消毒された直後で検査着を着せられていた。
 題して、「ラムゼイ博士の大切なジェネシスと秘蔵古代人クローンの感動の再会」
勿論、当人達には見せられない。
 ジェリーがシェイに対面出来たのは、ローガン・ハイネ遺伝子管理局長の配慮だった。この「待つだけの為に開発された進化型1級遺伝子保有者」は、シェイを落ち着かせる為に、ジェリー・パーカーを呼んだのだ。
 ジェリーはシェイが保護されたことを知らなかった。中央研究所でいつもの様に仕事をしていると、ラナ・ゴーン副長官の端末にハイネ局長からメールが入った。ラナ・ゴーンはその内容を見て、ジェリーにちょっとゲートまで付き合って欲しいと声を掛けた。どんな用事なのか教えられなかったので、ゲートからシェイが現れた時、ジェリーは夢を見ているのかと我が目を疑った。彼は、ラムゼイ博士がトーラス野生動物保護団体ビルで殺害されたと聞かされた時、博士と共に旅立ったシェイと運転手のネルソンも口封じに殺害されたのだろうと勝手に思い込んでしまっていた。だから諦めていた。ダリル・セイヤーズ・ドーマーがシェイの行方を諦めずに捜していると言った時は、彼の方から「無駄なことをするな」と言ってしまったのだ。
 シェイは、リトル・セーラムでヘリコプターに乗せられた際に、ダリルから「ジェリーに会えるよ」と言われた。ネルソンが警察に引き渡され、離ればなれになってしまったので、落ち込んでいた彼女を励ます為に、ダリルは局長に電話を掛けて彼等の対面を依頼した。ハイネ局長は二つ返事で承知してくれたのだ。
 ゲートにはジェリーを連れて来たラナ・ゴーン副長官が居て、シェイを先ずクローン観察棟に案内すると言った。シェイはそこで当面寝泊まりして、検査を受ける。その間にドームの執政官達は彼女の将来を話し合うのだ。
 シェイはコロニー人だが、生まれて間もなくラムゼイに買われ、地球で育った。だから、地球人と見なして良いだろうと言うのが執政官達の意見だ。だがドーマーではない。ドーマーでない地球人をドーム内に置くことは、地球人類復活プログラムにはない。彼女は卵細胞の遺伝子情報をドームに与えた後は、言葉は悪いが「用済み」になってしまうのだ。
 しかし、ジェリーに抱きついて泣きだした中年の女性を見ていたラナ・ゴーンは、彼女を1人外へ放り出すのは酷だと感じた。ジェリーがシェイの過去を語ったことはなかったが、彼女が子供の様にピュアで素直な心根の、そして世間に疎い人だと言うことが、ゲートでの再会劇でラナ・ゴーンにはわかった。ラムゼイは故意に彼女を外部と遮断した環境で育てたのだ。大事なジェネシスが逃げて行かないように・・・。

 この女性を外に出すのは、死なせるのと同じだわ。

 シェイはか弱くはないが、生きる術を持っていない。仕事は出来るが、それでお金を稼いで食べて行くことを知らない。恐らく善悪の判断も難しいだろう。そんな女性が、女性に飢えている地球上で1人で生きていけるはずがない。
 ジェリー・パーカーが落ち着いてきたので、ラナ・ゴーンは彼に声を掛けた。

「パーカー、今日はもう仕事はお終いにしましょう。夜迄シェイについていてあげなさい。彼女の部屋を用意しますから、それ迄は研究所のロビーや食堂で過ごすと良いわ。」

 ジェリーがシェイの顔の涙を拭いてやりながら尋ねた。

「JJにも会わせて良いか?」
「勿論です。JJも喜ぶわ。」

 その時、ジェリーの後ろを、車椅子に乗せられたダリル・セイヤーズ・ドーマーが通るのをラナ・ゴーンは見てしまった。