2017年1月21日土曜日

訪問者 8

 ゲストハウスはドーマーや執政官の居住区域と中央研究所の間にあって、建物としてはこじゃれた20世紀初期のヨーロッパ風の外観をしていた。中がどうなっているのか、ダリルは知らない。18年前、西ユーラシアから出張で来た時、ドームは彼にゲストハウスの部屋を用意してくれたのだが、彼は用事が終わると直ぐポールと会い、ポールのアパートで彼と寝た。そして直後に脱走したので、ゲストハウスには泊まったことがないのだ。
 ロビーに入ると保安課が居て、充分顔見知りにも関わらず形式通りの所持品検査が行われた。勿論ダリルもクロエルも端末以外の物は持っていない。クロエルは普段ならここで保安課相手におちゃらけて見せるのだが、この時は大人しくしていた。「おっかさん」の顔を潰したくないのだ。
 チェックが終わって直ぐに、ホールのドアが開いて、拍手の音に送られながらJJが出て来た。塩基配列を見るプレゼンが終わったのだ。彼女はおすまし顔で出て来たが、ドアが閉じると、急に表情を崩し、ダリルの胸に跳び込んで来た。ダリルは彼女が視察団に意地悪でもされたのかと驚いたが、彼女は笑っていた。うんとボリュームを落とした翻訳機の声が呟いた。

「やっと終わったわ! これでPちゃんに会える。」

 ダリルは優しく彼女の背中を撫でた。

「ポールも君と会える時を待ちかねているよ。もしこれで自由になるのだったら、本部に行っておやり。」

 JJは彼を見上げ、頬にキスをして身を離した。クロエルにも挨拶のキスをして、ゲストハウスから駆け出して行った。それを見送って、クロエルが安堵した声で言った。

「プレゼンは上手く行った様ですね。」
「うん、その様だね。こっちも早く終わって欲しいな。」

 少し遅れてドーム維持班の総代表ジョアン・ターナー・ドーマーがチェックを終えて合流して直ぐ、ドアが開いて、ラナ・ゴーンが顔を出した。手招きされて、ダリルとクロエル、ターナーは腹を決めてホールに入った。
 拍手で迎えられるのは面映ゆい。ケンウッド長官が3人を彼の横に並ぶよう促した。
白人のダリル、サンボ(又はムラート)のクロエル、アジア系と白人のミックスのターナーの3種類の肌の色の人間が並んだ訳だ。ダリルは視察団を見回した。あちらもいろいろな人種が混ざっている。ミックスを繰り返して何の人種か不明の人もいる。ダリルはふと思った。

 この人達は遺伝子管理がなってないなぁ・・・

 視察団の半数が女性だったのが意外だった。社会的地位の高い人々なのでそれなりに年齢もいっている。平均年齢は70代前半だろうか。ダリル達から見れば「親の世代」ばかりだ。
 1人の女性と目が合った。赤みがかったブロンドで背が高い白人女性だ。ダリルは彼女の顔をどこかで見た様な気がしたが、思い出せなかった。彼女は視線が合うと微かに口元に笑みを浮かべたが、酷薄そうな印象を与える笑みだった。

「後ほど自由時間にいくらでもドーマー達と接する機会があろうかと思いますが、基本的に仕事以外でドーマー側からコロニー人に話しかけることはしません。ドーマーは地球人であると自覚させる為に、幼少期からコロニー人を無視するように教育しているからです。」

 3人の紹介の後、ケンウッドの説明を聞いて、ダリルは「おや?」と思った。そんな教育を受けただろうか。長官は故意に視察団をドーマーに近づけまいと牽制しているのではないだろうか。
 今回、視察団に例の軍人が参加していると言う情報はドーム中に拡散しており、ドーマー達が視察団に近づきたくないと思っているのは事実だ。長官はちゃんとそのことを承知しているのだ。
「ですから」と長官は続けた。

「ドーマーに質問がありましたら、この場で、ドーマーを代表して来てくれた3人にお願いします。」

 視察団のうちの数名は既にこの企画を過去に経験済みだった。そして維持班のターナー・ドーマーは仕事柄宇宙で製造された機械や部品の購入でコロニー人と接する機会が多かったので、視察団の中に顔馴染みが出来ていた。彼は設備の維持や新規設置に関するドームの方向性など、建設関係の質問を受けた。
 プライバシーに関する質問は御法度となっていたが、クロエルは女性達からドーム内のファッションについて質問を受けた。彼の服装やヘアスタイルのセンスが抜群に素晴らしいと宇宙でも評判になっていたのだ。クロエルは「おっかさん」の表情を伺って、「喋っても良い?」と目で了解を求めた。ラナ・ゴーンは真面目な顔で頷いた。それで、彼は語り始めたのだが、好きな話題と言うこともあって、どんどん熱が籠もり、早口になって女性達とのファッション論議に時間を取った。
 お陰でダリルは持ち時間が少なくなった。彼への質問は、遺伝子がもたらす生まれ持った才能を活かす為に、どんな未来設計を描いているか、と言う随分抽象的なものだった。勿論質問者は彼の進化型1級遺伝子の存在を知っているのだ。ダリルは返答に窮した。

「私は脳天気ですから・・・」

と彼はぼそぼそと喋った。

「私の脳が周囲の地球人とどう違うのか、考えたことがありません。たまに私の行動が他人を驚かせて、それが遺伝子から来る能力の発現だと言われるのですが、私は意識して使っている訳ではないので、他人と違うと言われても困るのです。」
「つまり・・・」

と口をはさんだ者がいた。入場した時に目が合ったブロンドの女性だ。

「先刻にプレゼンをしてくれたJJ同様、貴方には当たり前のことなので、活かすも何も特別に発展させたいとか才能を伸ばしたいとか考えていない、と言うことですのね?」
「ええ、その通りです。」

 才能を使うなと常日頃仲間から言われているとは、ここでは言えない、とダリルは思った。
 女性は質問した男性に向かって、

「地球人はスーパーマンを愛しますけど、スーパーマンが増殖することは望まないのですわ、グールド氏。セイヤーズ・ドーマーはそれを本能的に悟っているのでしょう。」

と言った。ダリルは心の中を見透かされたようで、ドキリとした。グールドと呼ばれた男が薄笑いを浮かべた。

「しかし、彼の子供達はかなりの数でしたな。全部進化型の遺伝子を受け継いでいるのですかな?」

 ダリルの子種で生まれた胎児達のことを言っているのだ。ドーマーの子供達はクローンではなくコロニー人女性から提供された卵子との体外受精児だ。ダリルの子供が女の子だったら、必ず進化型遺伝子を持っている。
 ケンウッド長官がこの質問に答えた。

「ドーマーの子供達は実験体ですから、遺伝子組み換えを行うこともあります。セイヤーズのX染色体は必ずチェックしています。先ほどのJJが進化型遺伝子の位置を特定しましたので、その部分だけ手を加えました。ただし、JJは遺伝子がもたらす結果を見るのではありませんから、実際に子供達がどんな能力を持って生まれるかは、彼等が人工子宮から出る迄わかりません。」

 「ほう」とグールド氏は呟き、ダリルに向き直って言った。

「試験管ではなく生で子供をつくりたいだろうね。」

 この露骨な表現に、女性陣から抗議の声が上がり、男性達も彼を睨んだので、グールド氏は己が下品な事を口にしたのだと気づいて、「失礼」と詫びた。
 ダリルは、視察団の最後列に座っている50歳近い男が笑うのを見た。その顔は知っていた。予習で見た、クロワゼット大尉だった。