ダリルはセイヤーズ女史を食堂まで案内するよう長官に依頼された。長官が案内すれば良いのに、とダリルは内心不満を覚えたが、長官は演壇の上を片付け始めたので、仕方なく女史を連れてゲストハウスを出た。
夕暮れで、ドームの特殊素材の壁を透して夕焼けが見えた。セイヤーズ女史が足を止めたので、ダリルも立ち止まった。
「綺麗ねぇ・・・」
女史が声を上げた。
「地球の夕焼けは赤いと言うのは本当ですね。貴方達は毎日こんな空を見ているのね。」
「火星では赤くないのですか?」
「火星の夕焼けは青いのですよ。」
「今日の夕焼けは鮮やかですから、明日は晴れますよ。」
「そうなのですか?」
2人は再び歩き始めた。すれ違うドーマー達がダリルに「やぁ」と声を掛け、ダリルもそれに応える。女史は面白そうにそれを眺めた。
「全員の顔と名前を覚えているのですか?」
「そんなことはありません。大勢いますから。でも1度見たら忘れません。だから外から来た人とドーマーの区別は大体つきます。」
「それも進化型遺伝子の力?」
「どうでしょうか・・・ドーマーはドーマー同士仲間の雰囲気がわかりますから。」
「地球人から隔離された地球人ですのね。」
「出産管理区を外気の汚染から守る為にドーム壁で遮断しているので、その中で働くとなると、どうしても隔離されることになりますね。」
「取り替え子の秘密を守るよりそちらの理由の方が大きい?」
「そのはずです。そう教わりました。」
「貴方達は純粋ですわね。」
セイヤーズ女史は笑った。ダリルは哀れみで見られている気がして、不快に感じたが、相手に悟られまいと努力した。どうもこの「ご先祖」は苦手だ。生みの母もこんな人なのだろうか。もしそうなら、会わずにいて良かったと思った。
食堂の入り口には直ぐに到着した。ダリルが「では私はここで」と別れの挨拶をすると、彼女は不満そうな顔をした。
「貴方は入らないのですか?」
「私はディナーに招待されていませんから。」
「でも、こちらの食堂は誰でも入ることが出来るのでしょう? ビュッフェ方式だと聞きましたが?」
「ここは研究施設で働く人の食堂で、私は只のドーマーですから、別の食堂を利用します。ここを利用するのは主にコロニー人ですから、どうかお気軽にお食事を楽しんで下さい。それでは・・・」
体の向きを変えようとすると、女史が手を伸ばして来た。ダリルは無碍に拒否するのも失礼かと思い、彼女に捕まってやった。女史が頬にキスをした。
「貴方のお母さんに代わって・・・」
ではまた明日、と言って、彼女は優雅な足取りで食堂の中に消えて行った。
ダリルは頬を手で拭って口紅を取った。ラナ・ゴーンの様にキスしても食事をしても唇から取れない口紅を使う人が多いのに、何故わざわざ相手の肌に残る様な品を、あの富豪が使うのだろう、と疑問に思ったが、深く考えないことにした。
歩いているとポールからメールが入った。一般食堂でJJとクロエルと食事をするから、空いたら来い、と言う内容だった。ダリルは「すぐに行く」と返信した。
食堂で仲間と合流すると、最初から面会を拒否して雲隠れしていたジェリー・パーカーも同席していた。
「クロエルには迷惑を掛けたから、今日は俺の奢りだ。」
とポールが言うと、JJが彼にすり寄った。誰にも彼女の声は聞こえなかったが、ポールはテレパスで彼女の主張を解した。
「わかったよ、プレゼンの成功を祝って、JJにも奢る。」
ジェリーがダリルに尋ねた。
「遺伝子のことをあれやこれや聞かれたか?」
「否、それは既にケンウッド長官が講義した後だったから、話題にはならなかった。むしろ、クロエルのファッションセンスの話が中心だった。」
「そっちの話が中心だって知っていたら、もっとお洒落して行ったんすけどね。」
クロエルが悔しがった。面会の参加が急に廻って来たので、仕事着のスーツ姿だったのだ。自慢のドレッドヘアもポニーテイルにしていた。
「そう言えば、視察団にセイヤーズによく似た女性がいましたね? どっかの企業のCEOだったと思うけど?」
「スパイラル工業のCEOだって言ってた・・・私の母親のオリジナルだそうだ。」
「へえ・・・・」
一同が驚いた。母親のオリジナルに出遭うなんて、滅多にあることではない。
「それで?」
「それでとは?」
「彼女と後で2人になったでしょ? 何か話したんですか?」
「特に報告するような内容じゃなかった。進化型遺伝子で得をしたかとか、彼女の息子がぼんくらだとか・・・」
ポールが笑った。彼はコロニー人より地球人の方が優秀だと信じているので、恋人の遺伝子的兄弟がダリルより劣っていると聞いて嬉しかった。
ダリルが彼に尋ねた。
「君は、私が脱走した時、私の両親を調べたのだろう? CEOの女と私の母親はそっくりなのだろうか?」
クロエルが端末でアリス・ローズマリー・セイヤーズの画像を出してポールに見せた。ポールはちらりと見て、首をかしげた。
「似ているが、印象が同じとは言い難い・・・恐らく生きてきた環境が異なるせいだろう。それに俺が見たのは遠目だったし、18年前だから、彼女も若かった。」
彼はダリルを見た。
「母親に会いたいのか?」
「否。今日、CEOに会って充分だと思った。」
ダリルはJJが目を潤ませているのに気が付いた。今テーブルを囲んでいるメンバーで母親の愛情を受けて育ったのは彼女だけなのだ。非業の死を遂げた母親を思い出させてしまったかも知れない。もう話題を変えよう。
「明日は視察団は外へ観光に出かけるのだったね?」
「ああ・・・航空班が忙しくなるとぼやいていた。明日は妊産婦の送迎が15便もあるのに、そこに視察団の飛行機も飛ばさなきゃならないとさ。」
夕暮れで、ドームの特殊素材の壁を透して夕焼けが見えた。セイヤーズ女史が足を止めたので、ダリルも立ち止まった。
「綺麗ねぇ・・・」
女史が声を上げた。
「地球の夕焼けは赤いと言うのは本当ですね。貴方達は毎日こんな空を見ているのね。」
「火星では赤くないのですか?」
「火星の夕焼けは青いのですよ。」
「今日の夕焼けは鮮やかですから、明日は晴れますよ。」
「そうなのですか?」
2人は再び歩き始めた。すれ違うドーマー達がダリルに「やぁ」と声を掛け、ダリルもそれに応える。女史は面白そうにそれを眺めた。
「全員の顔と名前を覚えているのですか?」
「そんなことはありません。大勢いますから。でも1度見たら忘れません。だから外から来た人とドーマーの区別は大体つきます。」
「それも進化型遺伝子の力?」
「どうでしょうか・・・ドーマーはドーマー同士仲間の雰囲気がわかりますから。」
「地球人から隔離された地球人ですのね。」
「出産管理区を外気の汚染から守る為にドーム壁で遮断しているので、その中で働くとなると、どうしても隔離されることになりますね。」
「取り替え子の秘密を守るよりそちらの理由の方が大きい?」
「そのはずです。そう教わりました。」
「貴方達は純粋ですわね。」
セイヤーズ女史は笑った。ダリルは哀れみで見られている気がして、不快に感じたが、相手に悟られまいと努力した。どうもこの「ご先祖」は苦手だ。生みの母もこんな人なのだろうか。もしそうなら、会わずにいて良かったと思った。
食堂の入り口には直ぐに到着した。ダリルが「では私はここで」と別れの挨拶をすると、彼女は不満そうな顔をした。
「貴方は入らないのですか?」
「私はディナーに招待されていませんから。」
「でも、こちらの食堂は誰でも入ることが出来るのでしょう? ビュッフェ方式だと聞きましたが?」
「ここは研究施設で働く人の食堂で、私は只のドーマーですから、別の食堂を利用します。ここを利用するのは主にコロニー人ですから、どうかお気軽にお食事を楽しんで下さい。それでは・・・」
体の向きを変えようとすると、女史が手を伸ばして来た。ダリルは無碍に拒否するのも失礼かと思い、彼女に捕まってやった。女史が頬にキスをした。
「貴方のお母さんに代わって・・・」
ではまた明日、と言って、彼女は優雅な足取りで食堂の中に消えて行った。
ダリルは頬を手で拭って口紅を取った。ラナ・ゴーンの様にキスしても食事をしても唇から取れない口紅を使う人が多いのに、何故わざわざ相手の肌に残る様な品を、あの富豪が使うのだろう、と疑問に思ったが、深く考えないことにした。
歩いているとポールからメールが入った。一般食堂でJJとクロエルと食事をするから、空いたら来い、と言う内容だった。ダリルは「すぐに行く」と返信した。
食堂で仲間と合流すると、最初から面会を拒否して雲隠れしていたジェリー・パーカーも同席していた。
「クロエルには迷惑を掛けたから、今日は俺の奢りだ。」
とポールが言うと、JJが彼にすり寄った。誰にも彼女の声は聞こえなかったが、ポールはテレパスで彼女の主張を解した。
「わかったよ、プレゼンの成功を祝って、JJにも奢る。」
ジェリーがダリルに尋ねた。
「遺伝子のことをあれやこれや聞かれたか?」
「否、それは既にケンウッド長官が講義した後だったから、話題にはならなかった。むしろ、クロエルのファッションセンスの話が中心だった。」
「そっちの話が中心だって知っていたら、もっとお洒落して行ったんすけどね。」
クロエルが悔しがった。面会の参加が急に廻って来たので、仕事着のスーツ姿だったのだ。自慢のドレッドヘアもポニーテイルにしていた。
「そう言えば、視察団にセイヤーズによく似た女性がいましたね? どっかの企業のCEOだったと思うけど?」
「スパイラル工業のCEOだって言ってた・・・私の母親のオリジナルだそうだ。」
「へえ・・・・」
一同が驚いた。母親のオリジナルに出遭うなんて、滅多にあることではない。
「それで?」
「それでとは?」
「彼女と後で2人になったでしょ? 何か話したんですか?」
「特に報告するような内容じゃなかった。進化型遺伝子で得をしたかとか、彼女の息子がぼんくらだとか・・・」
ポールが笑った。彼はコロニー人より地球人の方が優秀だと信じているので、恋人の遺伝子的兄弟がダリルより劣っていると聞いて嬉しかった。
ダリルが彼に尋ねた。
「君は、私が脱走した時、私の両親を調べたのだろう? CEOの女と私の母親はそっくりなのだろうか?」
クロエルが端末でアリス・ローズマリー・セイヤーズの画像を出してポールに見せた。ポールはちらりと見て、首をかしげた。
「似ているが、印象が同じとは言い難い・・・恐らく生きてきた環境が異なるせいだろう。それに俺が見たのは遠目だったし、18年前だから、彼女も若かった。」
彼はダリルを見た。
「母親に会いたいのか?」
「否。今日、CEOに会って充分だと思った。」
ダリルはJJが目を潤ませているのに気が付いた。今テーブルを囲んでいるメンバーで母親の愛情を受けて育ったのは彼女だけなのだ。非業の死を遂げた母親を思い出させてしまったかも知れない。もう話題を変えよう。
「明日は視察団は外へ観光に出かけるのだったね?」
「ああ・・・航空班が忙しくなるとぼやいていた。明日は妊産婦の送迎が15便もあるのに、そこに視察団の飛行機も飛ばさなきゃならないとさ。」