2018年6月3日日曜日

待機者 1 - 2

 ポール・レイン・ドーマー遺伝子管理局北米南部班チーフはイライラした気分で自身のオフィスに居た。彼は秘書を持っていないので執務室を彼1人で使っている。大嫌いな書類仕事をようやく片付け、明日は現場に出かけようと抗原注射の予約を医療区に申し込んだら、「待った」を掛けられた。注射の間隔が短過ぎると言うのが理由だ。週のサイクル通りにしているのだから、短いことはないと抗議すると、彼の年齢では10日サイクルにしなければならないと言われた。

「俺はまだ38歳だが?」
「もう38歳ですね。」

 係のドーマーも譲るつもりがない。局員が体を壊せば彼の責任になる。

「せめて後2日我慢して下さい。チーフなんだから、内勤の仕事はいくらでもあるでしょう?」

 その内勤の仕事が嫌いだから外に出たいのだ。レインはムカッときたが、係を虐めると必ず医療区長に告げ口される。区長のヤマザキ博士は苦手だった。飄々としてつかみどころがない。それに怒らせると「入院が必要」と診断書を長官に提出されてしまう。手続きに関して局長を飛ばしてしまうのも平気な人だ。何しろ局長も時々「捕獲されて」入院させられてしまうのだから。
 レインも捕獲されないよう気をつけなければならない。

「わかった。では、明々後日の朝一番で頼む。一番機に搭乗するから間に合うように手配してくれ。」
「了解。」

 係は横柄に言って電話を切った。レインは溜め息をついて、副官で第1チームのリーダー、クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーに電話を掛けた。

「医療区の意地悪で出発が明々後日になった。」
「チームも待機させましょうか?」
「面談の予約は入っているのか?」
「サンフランシスコで2件、ダラスで1件です。どちらも明日の午後の面談です。」
「市民を待たせてはいかん。担当者だけ出発させろ。それなら医療区も文句は言わない筈だ。」
「了解。」
「君も出かけてくれ。少し出張が長くなるが、向こうで落ち合おう。」
「わかりました。」
「キャリーに謝っておいてくれ。」

 キャリー・ジンバリスト・ワグナー・ドーマーはクラウスの奥さんだ。希少な女性ドーマーで精神科のお医者さんだから、彼女も忙しい。出産管理区と医療区を行ったり来たりして働いている。夫との時間が少ないのに、貴重な休みの日を削ってしまうことはレインも申し訳なく感じた。彼女はレインにとっても可愛い部屋姉妹だった。幼い時期は一つの部屋で育ったのだ。
 通話を終えて、レインはまた溜め息をついた。待機は苦手だ。働いている方がずっと気が楽だ。書類仕事も働いているうちに入るのだが、レインの意識では無駄な仕事の範疇に分類されていた。
 時計を見て、運動に出ようと席を発った。