2018年6月16日土曜日

待機者 3 - 3

 ポール・レイン・ドーマーは仲間を支局に置いて一足先に宿舎として利用しているボーデンホテルに入った。街で一番大きく一番上等のホテルだ。とは言うものの東西の海岸地方にある大都市のホテルとは比べ物にならない鄙びた宿で、建物は古いし働いている人間もロボットも年季が入っている。それでもショッピングモールがあり、レストランも3軒入っている。この地方の住民にとっては高級な社交の場だった。
 遺伝子管理局はこのホテルを長年宿舎として利用している。各部屋に空気清浄機が設置され、エアコンも常に正常に稼働しているし、部屋には蒸留水が置かれている。ドーマーにとって安全な宿泊場所だった。ツインルームを予約した数だけ取れているか、彼は確認するとその一つに入った。室内の安全を確かめる。爆弾や有害なガスが出る装置が仕掛けられていないか、盗聴器が隠されていないか、順番にチェックしていった。部下達が任務に励む間、彼は部下達の安全を確かめたのだ。ボーデンホテルの方も長年のお得意さんの要求は承知している。ゴミやシーツ、浴室の汚れは絶対にあってはならない。遺伝子管理局の人間は極端に潔癖症なのだ、と言う認識が彼等にあった。

 潔癖症なのではなく、ドームが清潔なだけだ。

 レインは外の世界の清潔の基準は甘過ぎると思っている。しかしレイ・ハリスの様に外出時にマスクや手袋をして肌を曝さない様にするところまでは考えなかった。サングラスは目を守るのに必要だし、帽子は彼のスキンヘッドに不可欠だが、それがないと困ると言う程切羽詰まった考えは持っていない。
 彼が予約した部屋全ての確認を終えると、同行した支配人がホッとした表情で、コーヒーでもいかがです? と尋ねた。レインはコーヒーが苦手だったので、お茶を所望した。毎回コーヒーを勧められるので、学習力のない支配人だと内心思ったが、顔に出さずに済んだ。

「ところで、このホテルには外国からの客も泊まることがあるでしょうね?」
「はい、当ホテルはこちらの地方では最高水準のおもてなしを提供させていただいております。外国から旅行に見えられるお客様はほぼ100パーセント、当ホテルにお泊まりでございます。」

 こんなサボテンしか見るものがない地方に、誰が旅行に来るのか。レインは心の中で質問して自答した。

 決まっている、完璧なクローンを作るメーカーに注文がある人間だ。

 レインは重ねて尋ねた。

「海外からの客はきちんとIDを提示するのでしょうね?」
「当然でございます。身分証をお持ちでない方のご利用はご遠慮させていただいております。」
「すると、控えはあるのですね?」

 支配人が用心深く答えた。

「控えてございますが、個人情報の開示は何方にもお断りさせていただいております。」

 レインは美しい顔に笑みを浮かべた。

「遺伝子管理局にも?」

 支配人がドキリとした顔をした。遺伝子管理局の機嫌を損ねると、彼自身も彼の息子も将来困ったことになる。特に息子の結婚を認めてもらえないと孫を持てない。孫どころか養子も取れなくなる。
 支配人は周囲にさっと目を走らせ、レインに体を寄せて小声で尋ねた。

「どの様なお客様の情報がご入用ですか?」