2018年6月26日火曜日

待機者 4 - 5

 中央研究所の食堂の特設ステージで中米班のバンドが軽快なラテン音楽を演奏していた。視察団は早めの昼食を摂って予定より早く宇宙に帰ることになった。暴風雨の北上が少し遅くなったので、風雨が酷くなる前にシャトルを飛ばしてしまおうと言う運行会社の判断だ。富豪様達はユカタン半島旅行の旅装を解かずにそのまま出発するつもりで、特に準備もせずにのんびりと音楽を聞いている。踊っている人もいた。ドーマー達は仕事をしていたし、この日が休日に当たっている者は視察団と出会さないよう、図書館やアパートに籠っていた。だから視察団の相手をしているのは手が空いた執政官等のドーム在住コロニー人達だった。
 ポール・レイン・ドーマーは森の端にいた。効力切れ休暇なのでアパートで寝ていても良かったのだが、むしゃくしゃした気分で眠れなかった。遊歩道から見えない植え込みの陰に設置されているベンチに座ってぼんやりしていると、「隣に座って良いか?」と声を掛けた人物がいた。顔を向けると、保安課長ロアルド・ゴメス少佐だった。コロニー人に嫌だと言えないドーマー、レインは口の中で小さく「どうぞ」と答えた。
 ゴメスは少し間隔を開けて腰を下ろした。

「昨晩は俺の元部下が君の部下達に嫌がらせをしたそうだな。」

とゴメスが言った。

「すまなかった。」

 レインはぶっきらぼうに言った。

「元部下の行動に貴方が責任を感じる必要はありませんよ。」
「だが、彼がここに来ている間は俺があいつの相手をするべきだった。あいつの心の闇の深さを推し量ってみるべきだったな。」

 心の闇? とレインは胸の内で呟いた。そんなモノは昨晩のキスの瞬間、砂粒ほども感じなかった。あの男はただレインを見て、女だったら良いのに、と卑猥な想像をしていただけなのだ。
 レインはまた吐き気を覚えたが、なんとか少佐に気づかれずに抑制出来た。

「あの男は俺と同じ事故で負傷したんだ。」

とゴメスが説明を始めた。

「俺の膝が完治したと言っても事故前と同じでないのと同様に、あの男の精神も衰弱してしまったのだ。自信を喪失したと言うのかな。体は治っても特殊部隊の訓練にすらついて行けなくなった。俺は病院で見た地球の映画でこの惑星に魅せられて、人生を初めからやり直す決心をしたのだが、クロワゼットは特殊部隊を諦め切れなかった。宇宙連邦軍の花形だからな。栄光の道を進む筈だった故に挫折を認めたくなかったのだろう。
 俺は除隊する時に彼を誘ったんだが、彼は軍隊に残った。未練があったのだ。リハビリを続ければ部隊に戻れると言う儚い希望を持っていたんだな・・・。
 だが軍隊は甘くない。故障した兵隊を抱えていたら、部隊が全滅する可能性は十二分にあるのだ。だから、クロワゼットは後方支援に回された。後方支援の任務がくだらないなんて、俺は思っていないぞ。補給部隊や衛生兵がいるから、安心して前線で戦えるのだ。
だがクロワゼットは物資運搬の護衛や見張りと言った仕事に我慢出来なかった。もっと華やかな仕事を望んだ訳だ。」
「広報は華やかですよね・・・」

 レインはなんとなくゴメスの話に引き込まれた。

「だが、特殊部隊の華と広報のそれは違うでしょう? 俺にもなんとなくわかりますよ。
遺伝子管理局の外勤務の局員が、まだ働ける年齢で体調を崩して内勤に就くことを余儀なくされたら、悔しい筈です。内勤も重要な仕事ですが、地味なので、若いうちに内勤に振り分けられる者は大概士気が下がるんです。」

 ゴメスは頷いた。

「宇宙連邦軍の素晴らしさを世間に知らせる仕事を、クロワゼットは軽蔑しているのだろう。軽蔑すべき仕事しか出来ない己に苛立っている。」