2018年6月4日月曜日

待機者 1 - 4

 ポール・レイン・ドーマーは2時間ばかりトレーニングマシンで筋力を鍛えた後、半時間休憩してから夕食を摂った。1人ではなかった。心は1人だったのだが、彼の周囲には常に取り巻きがいた。執政官のファンクラブと彼に憧れている若いドーマー達だ。レインをみつけたければ人だかりを探せ、と言われる程彼には人が集まった。類稀なる美貌と、冷たく愛想のない性格が男達には人気がある。冷たくても彼は親切な面もあり、彼等はちゃんとそれを知っていた。
 レイン自身は彼等を無視していた。彼が友達だと思っているのは遺伝子管理局の仲間で、それも同年代の局員だけだった。彼が心から愛する、そして行方不明のダリル・セイヤーズ・ドーマーを知る者だけが、彼の友人だった。何故なら、彼等は皆ダリルが生きていると信じていたからだ。そしていつかは戻って来ると確信していたからだ。
 いつもと同じ、賑やかだが楽しくない夕食を終えると、レインは再び運動施設に行った。今度は胴着に着替えて闘技場に入った。局員や内勤の遺伝子管理局職員達と格闘技の模擬試合を行った。闘技場では彼は維持班のドーマーと組み合わないことにしている。維持班の連中は、健康維持の為に格闘技を練習する。半分は趣味だ。遺伝子管理局の人間の様に外で命懸けの闘いを体験する訳ではないからだ。保安課は維持班だが、こちらは例外だ。戦闘が仕事みたいな部署だから、格闘技もレベルが違う。レインは彼等と組み合うのが楽しみなのだが、保安課は彼等独自の訓練施設を持っているので、滅多に一般の運動施設に現れない。
 レインは格闘技では上位にランク付けされている。お姫様とあだ名される美しい顔に似合わず鋼の様な筋肉を持ち、体得した技も多い。遺伝子管理局ではクロエル・ドーマーに次いで強いと言われている。クロエルは体躯も見事で大きいので、力が強い上に技も多く持っている。少年時代、訓練所でハイネ局長に稽古を付けてもらった折に、技を磨けとアドバイスされて実践したのだ。レインは内心ちょっと羨ましかった。クロエルの様に素直に上司に甘えることが出来ない。局長に面と向かい合うと、緊張する。恐らく相手の心が読めないからだ。ローガン・ハイネはぼーっとしている様に見えて、考えていることを掴めない人だった。それは接触テレパスで相手の心を読んで行動する癖がついているレインには、苦手な相手と言うことに他ならない。上司の体に触れるのは至難の技だから。
 小一時間練習して休憩スペースに行くと、弟分のクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーが妻のキャリーと一緒にいてレモン・ジュースを飲んでいた。レインに気が付いたキャリーがジュースをサーバーからグラスに注いで、渡してくれた。
 レインはジュースで喉を潤してから、ギャラリーが少ないことに気が付いた。執政官のファンクラブがいない。見ると、コロニー人達は本戦用のリングの前に集まっていた。

「何かあるのか?」

とレインは部屋兄弟に尋ねた。ワグナーが苦笑しながら答えた。

「局長が演武をなさっているんです。」
「局長が?」

 レインは思わず壁の時計を見た。電光掲示板の時計はまだ8時台だった。ハイネが運動施設に来るには早い時刻だ。普通はこの時間帯に食事を摂るのだが。

「滅多に見られないローガン・ハイネの演武をコロニー人達が喜んで見物しているのです。」
「お気の毒だわ。」

とキャリーが呟いた。

「局長は他人に見せる為に運動なさっているのではないのに。」
「でも素晴らしい演武を見て学ぶことは多い。若い連中には良いお手本だ。」
「コロニー人供が局長の動きから学ぶとは思えないな。」

 レインは皮肉を込めて言った。

「重力が邪魔だろうし、局長の域に達するには100年かかるさ。」

 彼は体力的にはコロニー人は地球人に劣ると信じていた。