ビル・フォーリー内務捜査班チーフは局長執務室の控えスペースで大人しく座って待機していた。奥の執務机ではハイネ局長が日課の新生児と死亡者のリストに目を通し、受理の署名を続けていた。機械的に行なっているように見えるが、ちゃんと全部に目を通し、読んでいるのだ。だから時々手を止めて、第1秘書を呼び、内容の再確認を求める。新生児のリストはドームの出産管理区と分室から送られて来るので信頼性が高いが、死亡届けはそうもいかない。実際に死亡した日付と届出があった日がずれていたりすると、その理由が必要となり、理由に納得がいかなければ調査対象になる。死因が何かは遺伝子管理局の関知するところではない。自然死だろうが病死だろうが他殺だろうが、そんな調査に遺伝子管理局は関わらない。遺伝子管理局が関心を抱くのは、死亡日時と死者と遺族の関係だ。死者の遺産が正しく相続されるのか、死者の遺伝子管理はどうなっているのか(つまり、土葬なのか火葬なのか、献体されたのか)と言うことだ。死者の細胞を遺伝子管理局の許可なしに研究やクローン製造に使用してはならない、それを監視する訳だ。
第1秘書のネピア・ドーマーは自身の机に向かって仕事をしていた。彼は局長の崇拝者で、局長の邪魔をする人間は例え長官であろうと許せない、と言う人だった。それ故にフォーリーは大人しく局長の手が空くのを待っていた。内心では前第1秘書ジェレミー・セルシウス・ドーマーが懐かしかった。セルシウスは彼の部屋兄弟の一番年長で、彼にとっては尊敬し愛する兄だ。まだ元気で養育棟で教官をしているが、秘書時代は面会者を要件の重要度に合わせて局長と会わせていた。内務捜査班の要件など、常に重要案件扱いにしてくれて、局長の日課に割り込ませても平気な人だったのだ。それなのに、ネピアの石頭ときたら・・・
ハイネ局長がコンピュータから顔を上げて控えスペースを見た。
「フォーリー、何か報告か?」
「些細なことです。どうぞ日課をお済ませ下さい。」
「もう終わった。」
局長はファイルを閉じて、フォーリーを手招きした。秘書の介入がない内にフォーリーは急いで執務机前の席に移動した。
「昨夜ジムで起きた案件です。当事者の事情聴取は終了し、何もなかったことにして欲しいと要請されましたので、受諾しました。取り敢えずご報告を・・・内容はあまり愉快な話ではありません。」
ハイネはフォーリーの報告書に目を通した。表情を変えなかったが、不愉快に思った筈だ。前回視察団訪問の時にも問題行動を起こした宇宙連邦軍の広報が、ジムでドーマー達に嫌がらせとも取れる行為をした後、注意した遺伝子管理局幹部と格闘技の試合をして勝利し、その「ご褒美」に幹部からキスを奪ったのだ。愉快と思う上司はいないだろう。
ハイネが尋ねた。
「レインは地球人保護法違反でクロワゼット大尉を訴える意思はないのだな?」
「挑発に乗った自分が浅はかだったと反省していました。」
「負けるとキスを許すと言う約束で試合をしたのだな?」
「はい。勝てば大尉に謝罪させると言う約束だったそうです。」
ハイネは黙ってクロワゼット大尉の経歴を検索した。コロニー人の個人情報をドーマーが探ることは許されないが、今回の視察団のメンバー達は自己紹介をドームのネットに載せていたのだ。
「確かに、レインは浅はかだったな。」
と局長は呟いた。
「クロワゼットはゴメス少佐の部下で同じ特殊部隊に在籍していた。耐重力訓練も受けているし、格闘技も普通の軍人より出来る。レインはこの情報を見ずに試合の申し込みを受けた。」
「内務捜査班としては、事件はなかったものとして処理します。」
「そちらに任せる。これ以上騒いでもレインにとっては不快指数が増すばかりだろうから。」
第1秘書のネピア・ドーマーは自身の机に向かって仕事をしていた。彼は局長の崇拝者で、局長の邪魔をする人間は例え長官であろうと許せない、と言う人だった。それ故にフォーリーは大人しく局長の手が空くのを待っていた。内心では前第1秘書ジェレミー・セルシウス・ドーマーが懐かしかった。セルシウスは彼の部屋兄弟の一番年長で、彼にとっては尊敬し愛する兄だ。まだ元気で養育棟で教官をしているが、秘書時代は面会者を要件の重要度に合わせて局長と会わせていた。内務捜査班の要件など、常に重要案件扱いにしてくれて、局長の日課に割り込ませても平気な人だったのだ。それなのに、ネピアの石頭ときたら・・・
ハイネ局長がコンピュータから顔を上げて控えスペースを見た。
「フォーリー、何か報告か?」
「些細なことです。どうぞ日課をお済ませ下さい。」
「もう終わった。」
局長はファイルを閉じて、フォーリーを手招きした。秘書の介入がない内にフォーリーは急いで執務机前の席に移動した。
「昨夜ジムで起きた案件です。当事者の事情聴取は終了し、何もなかったことにして欲しいと要請されましたので、受諾しました。取り敢えずご報告を・・・内容はあまり愉快な話ではありません。」
ハイネはフォーリーの報告書に目を通した。表情を変えなかったが、不愉快に思った筈だ。前回視察団訪問の時にも問題行動を起こした宇宙連邦軍の広報が、ジムでドーマー達に嫌がらせとも取れる行為をした後、注意した遺伝子管理局幹部と格闘技の試合をして勝利し、その「ご褒美」に幹部からキスを奪ったのだ。愉快と思う上司はいないだろう。
ハイネが尋ねた。
「レインは地球人保護法違反でクロワゼット大尉を訴える意思はないのだな?」
「挑発に乗った自分が浅はかだったと反省していました。」
「負けるとキスを許すと言う約束で試合をしたのだな?」
「はい。勝てば大尉に謝罪させると言う約束だったそうです。」
ハイネは黙ってクロワゼット大尉の経歴を検索した。コロニー人の個人情報をドーマーが探ることは許されないが、今回の視察団のメンバー達は自己紹介をドームのネットに載せていたのだ。
「確かに、レインは浅はかだったな。」
と局長は呟いた。
「クロワゼットはゴメス少佐の部下で同じ特殊部隊に在籍していた。耐重力訓練も受けているし、格闘技も普通の軍人より出来る。レインはこの情報を見ずに試合の申し込みを受けた。」
「内務捜査班としては、事件はなかったものとして処理します。」
「そちらに任せる。これ以上騒いでもレインにとっては不快指数が増すばかりだろうから。」