2018年6月20日水曜日

待機者 3 - 6

 監視相手に大きな動きがないので、遺伝子管理局は一旦中西部支局から引き上げた。設備はそのままで、衛星データ監視は本部で行う。支局は地元の職員を1名指名して、「時々チェック」を命じておいた。3、4日すれば次の当番チームが来るので、職員にしてもそんな重責の役目ではない。
 レインはこれから中西部に行く度に衛星データ分析官を同伴することを考え、内心うんざりした。彼自身が提案したので、今更局長に人員の返品を言い出せない。キエフは来米して2年たった。英語はもうスラスラ話せるし、生活習慣も身についたのに、仲間と仲良くすることが難しい。

 ひょっとして、シベリア分室はドーマー交換を利用して厄介払いをしたのではないか?

 ドーマー交換で厄介払いをするのは止めようと、ずっと以前に局長会議で決まった筈だ。しかし罰則がある訳でなく、厄介払いの基準もない。キエフがシベリアでどんな人間関係を築いていたのかもわからない。
 レインは疲れていたので、それ以上問題児のことを考えるのを止めた。
 ドーム空港に到着して、搭乗ブリッジにシャトルが横付けされていることに気が付いた。視察団はユカタン半島へお出かけではなかったのか? ちょっと嫌な予感がした。
 消毒ゲートに入ると、係官のドーマーに尋ねた。

「宇宙からの視察団は出かけなかったのか?」
「いいえ、日帰りで今さっき帰って来られたんですよ。」
「日帰り?」

 レインはびっくりした。日帰り出来ない距離ではないが、ジャングルの中の遺跡を見る時間は殆どないのではないか? 遺跡へはバスでなければ行けない筈だ。近くに空港がないのだから。

「宿泊じゃなかったのか?」
「そのつもりだったようですが、暴風雨が近づいて来たとかで、急遽予定変更で戻って来られたんです。こちらは大迷惑ですよ。厨房班も慌てているでしょうね。」
「向こうのホテルもがっかりだな。」
「あっちはキャンセル料が入るでしょ。」

 レインは部下達を振り返った。

「聞いての通りだ、宇宙からのお客様が予定変更してドームにいらっしゃる。みんな、失礼の無いように出来るだけ遠ざかっているんだぞ。」

 消毒が終わって新しい衣服を身につけ、持ち物を返却してもらった。端末にメッセージが入っていたので見ると、局長第1秘書のネピア・ドーマーからだった。帰投報告は本部へ来て行うように、とあった。
 視察団が中米へ出かけたので、もう安心だと思った医療区が局長を解放してしまったのだ。まさかお客様達が暴風雨に恐れをなして戻って来るとは思わなかったに違いない。
 レインは薬品臭い入院病棟に行かずに済むのでホッとした。それに寝巻き姿の局長と対面するのも好きではない。ローガン・ハイネ・ドーマーはスーツ姿でパリッとした方がよく様になっている。
 本部の玄関を通った時は既にドームの外は真っ暗になっていた。殆どの職員が業務を終えて帰宅していたが、局長は執務室でまだ仕事をしていた。病棟からの引っ越しで時間を食ったのだ。秘書達はもう帰ってしまった後だったので、レインは気が楽だった。ドアチャイムを鳴らすと、局長自らドアを開けてくれた。と言っても、机の上のボタンを押しただけだが。
 報告書は航空機の中で書いて送信してあったので、仕事の話は繰り返したくなかった。レインは一言、帰りました、と言った。局長はコンピュータ画面を見ながら頷いた。報告書に目を通している最中だ。ホテルの宿泊者名簿の件もあっさり読み流した。全員の報告書を素早く読んでから、やっとレインの顔を見た。

「どちらを先に片付けるつもりだ、レイン? ベーリングか、謎のメーカーか?」
「希望は同時に両者を・・・」

 レインの遠慮ない言葉に、局長が微かに笑った。彼がレインにかけた言葉は、

「ゆっくり休みなさい、勝負はこれからだ。」

だった。