2018年6月9日土曜日

待機者 2 - 1

 翌朝、ケンウッド長官は朝食の席で同席したヤマザキ医療区長から遺伝子管理局長を捕獲したと報告を受けた。視察団が地球に来る迄まだ4日あるのに早いのではないか、とケンウッドが感想を述べると、ヤマザキは済まし顔で言った。

「良いんだよ、爺さん最近落ち込んでいたから、環境を変えてやったのさ。昨夜ゴメス保安課長と格闘技の試合をやったんだが、もう暴れ放題だった。それで咳止めの薬を処方すると言って医療区に誘い込んだ。」
「彼が薬もらいにのこのこやって来たのかい? 信じられないなぁ・・・」
「向こうも僕の企みなどお見通しだったと思うけれどね。実を言うと、試合前に彼は1時間程1人で演武をしていたそうだ。運動していた看護師が知らせてくれたので、肺が弱い彼の為に酸素ボンベを用意させた。案の定、試合中に咳の発作に襲われたので、割り込ませてもらったんだ。」
「まさか、そのボンベに睡眠導入剤など混ぜていなかったろうね?」
「そんなことはしない。若い連中の前でぶっ倒れでもして見ろ、爺さん死ぬまで僕を恨むぜ。」

 ケンウッドは声を立てずに笑った。ハイネは人前で執政官に叱られることを気にしないのに、自身が弱いところを見せられるのは嫌うのだ。

「それで、今朝は機嫌良くしているのかな?」
「スタッフからの定時報告では、いつもの時間に起床してリハビリセンターでトレーニングしているらしいよ。運動は欠かせないからね。」
「体力的に異常なしか。」
「うん、心配ない。後は視察団を上手くやり過ごして、サヤカが帰って来るのを待つだけだ。」

 視察団は毎回面子が変わるので、おもてなしが悩みの種だ。担当の副長官ラナ・ゴーン博士は昨日から旅行ガイドを睨みっぱなしだった。彼女にとって初めての経験だ。執行部役員だった時代は地球各地のドームを訪問していたが、遊んでいた訳でないので、観光地の選択となると外で働くドーマー達の助けを借りねばならない。彼女は養子のクロエル・ドーマーの力を借りずにやってのけようと思っているのだが、今回の富豪集団はユカタン半島の遺跡巡りを希望していた。正にクロエルのホームグラウンドだ。中米班チーフを無視出来ないから、結局のところゴーン博士はクロエル・ドーマーに相談することになるだろう。

「いっそのこと、視察団の旅行にクロエルも同行させたらどうだろう?」

とヤマザキが大胆な案を出した。

「観光地でクロエルのお嫁さんを探すのさ。」
「そんな余裕があるかな?」

 クロエル・ドーマーは父親サイドの遺伝子履歴が不明の子供なので、ドームでは彼と娶せる女性の条件を限定している。出来るだけ母親の家系に近い血筋の女性を探しているのだ。しかし、条件に合う年頃の女性はまだ見つかっていない。

「そもそも純血種を残すと言う考え方は間違っているだろう? 人間が宇宙に進出して300年近く経つ時代に、地上の少数民族を残す意味があるかい? 文化だって言語だって大異変で殆どの部族が消滅して継承されていない。クロエルだって母親の部族の言語を話せないのに、どうして彼の子供に文化継承の役目を背負い込ませるんだ?」
「私を責めないでくれ、ケン。上からのお達しなんだ、それだけだよ。」
「きっと謎の言語を解明させて、インカの秘宝を手に入れようと言う魂胆なんだな。」

 意味不明の冗談を言って、ヤマザキはこの件を終わらせた。