2018年6月27日水曜日

待機者 4 - 6

「俺はクロワゼット大尉の心中なんて考えもしませんでしたが・・・」

とレインは言った。

「もし、昨晩の試合で俺が勝っていたら、何か彼を変えた可能性はあったでしょうか?」
「どうだろうな・・・」

 ゴメスは首を傾げた。

「寧ろ地球人に負けたと勝手に恥じて、更に荒れたかも知れん。」

 保安課長はポール・レイン・ドーマーの接触テレパスの能力を知らない。レインは新入りのコロニー人に能力を教えるつもりはなかった。彼の能力は改造型遺伝子ではなく、地球人が太古から持っていた能力の一つなので、遺伝子管理リストでは普通の個性として記載されているだけだ。要注意事項になっていないので、殆どの執政官は読み飛ばし、知らないままで彼と付き合う。ファンクラブの連中さえ知らないのだ。

 あの男が俺にキスをしたのは、只の気晴らしだったのか・・・

 酷くつまらない気分になった。クヨクヨ悩んでいても仕方がない。
 レインは話の方向を楽しい方へ変えてみた。

「俺が彼の経歴を知っていて対戦したら、勝てたでしょうか?」

 ゴメス少佐はレインをジロリと見た。

「そうさなぁ・・・君は技術は高い物を持っているし、動きも無駄がなくて速い。だが・・・」
「だが?」
「君は人を殺したことがないだろう?」
「・・・」

 ゴメスが遠くを見る目付きになった。

「クロワゼットも俺も宇宙の海賊相手に戦闘を繰り返して来た。大概はロボット戦なのだが、白兵戦もやったことがある。一度人間をこの手にかけてしまうと、歯止めが難しくなるんだ。君が知っている正々堂々とした戦いなんて、特殊部隊では通用しない。俺が言いたいのは・・・」

 少佐はレインを振り返って苦笑した。

「クロワゼットはどんな汚い手を使っても君を負かそうとするってことだ。」

 それならこっちは接触テレパスを使うまでだ、とレインは思ったが口に出さなかった。そしてもっと楽しいことを思いついた。

「少佐、俺を保安課の訓練所で教授していただけませんか?」
「君を?」

 ゴメスが驚いた。遺伝子管理局の職員は十分訓練を受けている筈だ。ドームの外で実戦を経験する確率も高い。

「君には素晴らしい先生がいるだろう?」

 誰のことを言っているのか、レインは理解した。彼は首を振った。

「局長は駄目です。あの方は忙し過ぎます。先日の少佐との試合は、偶々局長が普段より早い時間にジムに来られたので実現したのです。俺が局長に教わろうと思ったら、真夜中迄待たなきゃいけません。」
「そうなのか・・・」

 ゴメスが笑顔で頷いた。

「それなら、遠慮なく訓練所に来てくれ。君の部下も連れて来て良いぞ。」