2018年6月9日土曜日

待機者 2 - 2

 ケンウッドは長官執務室に出勤した。秘書のチャーリー・チャンが数分早く来ており、業務開始の準備をしていた。ジャクリーン・スメアはいくつかの研究フロアを回って報告書を回収して来るので、まだ現れない。コンピュータで報告書を見られるのだが、サンプルなどの現物は人間が回収する。ロボットが助手として従っているが、受け取りに署名するのはスメアだ。
 今朝は研究費の増額要求が3件も来ていた。ケンウッドに取って一番頭の痛くなる事案だ。部下の執政官達が思う存分研究に没頭出来るようお金の問題を解決してやりたいが、地球人類復活委員会は結果が出せない研究に出費を増やすのを喜ばない。これは当然のことだから反論出来ない。
 遺伝子管理局からは、アメリカ政府から提供される人工衛星のデータの使用料の請求書が回されて来ている。これはデータを使用している北米南部班チーフ、ポール・レイン・ドーマーがハイネ局長を説得して認めさせた金額で、今度はハイネ局長がケンウッド長官に認めさせる為に回して来た物だ。ドームはアメリカ政府にお金を支払わねばならない。値切るのは、無理だ。レインがアメリカ政府と話を着けてしまっているのだから。外の交渉役は大統領ではなく、宇宙開発局の人間だ。行政のトップが口出しする次元の金額ではないので、ケンウッドも口出し出来ない。高額ではないが、それでも結構いい値段だ。

「これで衛星データ分析官が結果を出せなければ、外に出さずに内勤専門にしてやるからな。」

とケンウッドは思わず独り言を呟いてしまった。衛星データ分析官はシベリアから来たロシア訛りで喋る髭の濃い若者なのだが、ケンウッドは何故かしら彼に不安を感じていた。まるで何かに吸い付くような眼差しで他人を見つめる。他人に対する好き嫌いがはっきりしている様子で、直属の上司のレインにはべったりだが、他のリーダーや局員には時々ぶつかって口論になっている。レインも少し持て余している様に思えた。
 ただ、この衛星データ分析官は局長や局長秘書と言った年齢がずっと上の上司達は苦手な様で、彼等と同席する時は小さくなって無口だった。

 もしかすると、ハイネやネピアはあのシベリア生まれの若者の本性を知らないのかも知れない。

 もっとも長官の口からわざわざ教える様な問題を起こした訳でもないので、ケンウッドはアレクサンドル・キエフ・ドーマーと言う若者のことはすぐに頭から消し去った。
 そして仕方なしに、遺伝子管理局の請求書に署名をして既決箱に入れた。そして再び研究室から提出された請求書の検討に戻った。